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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

「王子様ねぇ……」

 きっと、舞踏会のことを聞いたシンデレラも、こんな程度だっただろう。
 王子様よりもまず、今の状況を脱したいと。

 王子様に会うために舞踏会に行ったのではなく、虐げられた者の、ひととして女としての威厳を取り戻すために舞踏会に行ったのではないか。

 恋愛よりもまず、どんな環境でも変わることのない、アイデンティティーの確立のために。

 魔法が解けても変わらなかったのは、煌びやかな衣装ではなくガラスの靴。

 一見脆(もろ)く壊れやすそうなその靴に、姉たちは身体を傷つけて履こうとしても履けなかった。

 ガラスに見えて強靱なシンデレラのアイデンティティー。
 どんな他者の欲も撥ね除け、王子様を手繰り寄せた。

 あたしも、いつか会えるのかな。
 本当のあたしを求めてくれる王子様に。

 ……ふと、頭の中に早瀬が浮かんで、あたしは慌てて頭をぶんぶんと横に振った。

「もうやだ。なんで……」

 ぶんぶん、ぶんぶん。

 だから気づかなかったんだ。

「……それ、なにかのまじない?」

 向かい側に座ったのが、千絵ちゃんではなく、薄灰色のシャツ姿の早瀬だったことに。

 しかも王子様で早瀬が思い浮かんでいた時だったら余計、リアルの姿に驚き、椅子から転げ落ちそうなほどに動揺して。

「ここには初めて来たが、眺めもいいもんだな」

 太陽光が早瀬の顔を照らす。
 少し恍惚とした顔に、夜通しのイケナイことも思い出してしまうあたしは、声をひっくり返しながら、言う。

「な、ちょっと、なに座ってるのよ! ここには千絵ちゃんが……」

 敬語なんて使う余力もなく。

「だからその千絵ちゃんとやらに話を聞きに来た。そいつが来たらどける」

 そして早瀬は、あたしと同じパスタを、優雅な所作で食べ始めた。
 
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