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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

「席移る!」

「移れるものなら、どうぞ?」

 しかし――。

 ああ、やけに今日ざわついていたのは、有名人であるイケメン早瀬を皆が見ていたからで、さらに近くで見ようと今日のパラダイスは、超満員。

 女の情報網は侮りがたく、後から後から増えている気がする。

 他に座れるところないじゃない。
 しかもきっと、早瀬が席を立つまで立とうとしない長期戦の構えだ。

 さすがに、あたし立って隆くんの料理を食べられないよ。

 立ち上がったまま固まるあたしに、早瀬はくつくつと喉元で笑った。

「千絵ちゃんきたら、どいてよね?」

 仕方がなく座る。

「ああ、来たらな」

 しかしいつも現われる時間帯に、今日も千絵ちゃんは現われず。

「あのさ、なんでお前の、これがやけに多いわけ?」

 早瀬がスプーンであたしの柚ジュレを掬って自分のパスタにかけた。
 たっぷりと、奪われた。

「ちょっと、それあたしのなのに!」

 周囲が途端にざわつく。

 悪意の視線、嘲笑……ああ女って面倒臭い。

「あたしのをとらないで下さい、早瀬さん!」

 言い直すと幾分悪意は和らいだが、今度はダークブルーの瞳が苛立たしげに細められる。

 ああ、この男も面倒臭い。

「それ、あたしのジュレなんですが!」

「……なに? あの若造たぶらかして、柚に関するものだからと量増やさせて『あたしは特別だ』とでも喜んでいるわけ? 本当に千絵とやらがここにいるか、わかったもんじゃねぇな」

 なんなのよ、この嫌味は。

「今日、たまたま千絵ちゃんがこなかっただけです。それになんであたしが、隆くんをたぶらかさないといけないんですか! 隆くんにも失礼だわ」

「ふぅん? タカシクン、ねぇ? タカシクンの作ったものを、ここに食いに来ているわけか。いつもいつも……」

 隆くんのなにが気にくわないのか、掬い取ったジュレを、今度はスプーンの裏で潰しまくる。

「ちょっ、いらないなら返して下さいよ!」

「これは俺のだ。どうしようと俺の勝手だ」

 またあたしのジュレが掬われる。

「ちょっと!!」

 勝手にここにやってきて、衆人環視の中で一体なににキレ始めたのよ。


「不器用だな、お前も」


 早瀬ではない声に横を向いた。

 ワイルド系の端正な顔。
 パーマのかかった黒髪、この体格のよさは――。

 
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