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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
「そんな……」
「須王。あんたも記憶ないでしょう? あんたも入院前からよく公園のブランコに乗る上原サンを見に行ってたんだから」
「棗、お前……っ」
「え、見てたの?」
「……っ」
「須王?」
すると須王はガシガシと頭を掻いて、少し赤い顔をして口を尖らせるようにして頷いた。
……見に来てくれていたんだ。
見られていて恥ずかしいのと、くすぐったい思いが胸中駆け巡る。
同時にその頃のあたしは辛くてたまらなかったから、実に胸中複雑だ。
「ああ、もう。この話はいいだろう!? とにかく俺の記憶にある限りでは、公園の近くに派出所なんてなかったぞ。空き地みたいなのがあった場所じゃねぇかな、そこらへんは」
「空き地!?」
あたしが記憶していた派出所の記憶がとても強くて、空き地のイメージが重ならずに、薄らいでしまう。
固定観念のように、そこには派出所があったとしか思えないあたしの思考。
「これやばいかも。地元なのに、派出所がなくなった記憶がないわ。こう空き地を思い出そうとしても、そこに拉致を相談したお巡りさんがいた建物があったという思い出が強烈過ぎて」
「それとね、上原サン。あなた若い警官と話したといったでしょう?」
「うん」
「移転しても派出所には老齢の警官しかいなかったそうよ。五年前に若い警官は配属されたようだけれど」
「五年前は、あたしこっちに出てきてるわ。その頃には地元に戻ってないし」
「それとね、あなたが会ったという五時半から七時まで、その老齢の警官は自転車で見廻りに出ることが多かったそうよ。だから派出所にずっと居て……ということもちょっと考えにくい」
棗くんの言葉に、あたしは頭を抱えた。
彼の言葉は、どれもあたしの記憶を否定するものだったからだ。