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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
本当に嬉しいよ。
ひとはひとりでは生きられない。
ひとりで生き続けられるほど強くはない。
どんなに銃の扱いに優れていてどんなに身体能力が高くても、須王と棗くんだって苦楽を共にした大親友という相手がいなければ、今頃笑みを見せることもない。
身体は鍛えられても、心は無防備だ。
それを感じないようにしようとしても、どこかで綻びが出る。
その傷を補う存在が友達であり理解者だろう。
そういう存在がいて初めて、前を向ける勇気を持てる。
今なら、そう思えるんだ――。
「話聞かせて貰ったけれど、柚は昔の近所の記憶がないに等しいね」
裕貴くんが棗くんの隣に座って言う。
「だったらたとえば強い暗示みたいのにかかってしまえば、元からそういう記憶だったのだと思い込んでしまうよね。内調の棗姉さん」
裕貴くんには、たくさんのお姉さんが出来てしまったようだ。
「ええ。お嬢様育ちの上原サンは、ある種世間知らずだから、暗示がかかりやすい土台を持っている。だから、強い暗示を事実だと誤認している可能性がある」
「棗くん、その可能性はあるかもしれないけど、実際問題の話としてそう簡単にできるものじゃないでしょう? あたしが催眠術みたいのにかかって、ここまでそうとしか思えない記憶を九年も持っているということになるんだよね?」
「AOP……」
腕組をして考えていた須王が呟く。
「まさか柚が巻き込まれた九年前の時に、AOPの前段階、試作品とも言えるべきものが出来ていたというのか? だから内調がそこまでの資料をお前に提示しているのか?」
確かに地図がついている資料にも「特A」と書かれている、なにやら意味ありげな赤い判子が押されている。
「そこらへんは守秘義務で言えないけれど、黒服の出所を突き止めたのは内調よ。あまりにも用意周到に、欲しい資料が出てくるの。だからそれは朗報でもあり、悪報かな」
「どういう意味?」
裕貴くんの問いに須王が答える。
「つまりAOP絡みの諸問題は黒幕に、資金提供している財閥だけではなく、政界の大物や財界の大物ら闇の存在が複数絡んでいて、どこからどこまでが純粋な資料なのか、どこからどこまでが与えられた状況証拠とさせるつもりなのか、その区別がわからないということさ」