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エリュシオンでささやいて
第8章 Staying Voice
「私が敵だというのなら、証拠を見せなさいよ」
「知ってる? 証拠の有無って敵の常套句なの。証拠というもので真偽の目をそらせる手口。すり替えをしているの」
「なっ!」
「やめてってば! 須王、止めてよ。なに楽観視してるのよ!」
くつろぐような姿勢を崩さない須王に、あたしは悲鳴のような声を出した。
「いや……、棗はおかしなことは言ってねぇぞ」
「須王!」
「今日友だと思っても明日そうだとはわからねぇ。そういう奴らを敵に回しているのは間違いねぇ」
須王の涼やかな声が空気を震わせる。
「そうなった時、敵か味方かを判断するものが、好意という主観的では足元掬われる」
「でも俺達敵にならないよ!」
「いいか、柚の記憶のように改竄してくるかもしれねぇんだ。あるものがないと言い切れれば、拷問しても真実は出てこねぇ。本人がそう思っているのだから、違和感も不可解さもまったくねぇんだよ。今のこの場にいる俺も棗も裕貴も三芳も柚も小林も、もし敵の手がかかっていても、スパイという自覚もねぇかもしれねぇ。友情があるかないかだけを敵味方の判断基準にしていたら、いずれ全滅だ。その自覚と客観性は失うな」
誰もなにも言えなかった。
女帝が拳を振るわせていて、行き場のない怒りを抑圧しているようで。
そして棗くんは至って冷ややかなまま、ちょっと休憩してくるとこの場から立ち、どこかにドアがあるようで、パタンと閉まる音が聞こえた。
「俺もひとのことは言えねぇが、棗も集団で動くのは得意じゃねぇんだ。あいつも俺も、近しい奴らに裏切られて生きてきた。ようやく俺はあいつを、あいつは俺を、裏切らねぇ奴だと認識出来たばかり。棗は特に仕事柄疑ってかかる癖がある。だからああいう言い方しか出来ねぇんだ。慣れればマシになるから、ここのところは堪えてくれ」
須王がひとのために口を挟むのを聞いたのは初めてかもしれない。