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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
「でも今HADESプロジェクトだって奈緒さん色々やってくれているのに」
「柚がいるでしょう? 私が出来ることは柚だって出来る」
「そ、そんな……」
「連絡取り合えばいいじゃない。電話でも教えてあげるから」
腕組をして考え込んでいた須王が頷いて言った。
「……数日そうしてくれるか? 棗に拠点をここに移すように言っておく」
「はい」
須王は笑って言う。
「俺と棗は特殊な環境で育った。そのため、基本ひとを信じられねぇんだ。ひとは裏切るものだという前提で動いてきたから。特にあいつは今でも諜報関係にいて、疑って騙し騙されを仕事としている。マトリだ内調だとエリートの道ではあるが、そのためにあいつはひとの闇から抜け出せねぇ。俺ですら昔のことを思い出して、参る時がある。飄々としていてもあいつの精神はボロボロなんだ」
あたし達はなにも言えなかった。
恐らく裕貴くんも女帝も、なにかふたりの環境は普通ではないだろうことを感じ取っているはずだ。鋭い目をもつふたりだ。もしかすると、今回の件になにか似通ったものを感じ取っているかもしれない。
だけどそれを聞かない。
須王もきっとこうして、過去に触れて言いたくないはずだ。
だけど彼は、棗くんの理解を求めるために出来る精一杯の言葉を口にして、頭を下げる。
あたしには、九年間言えなかったものの概略とはいえ、そこまでの友情。そこまでの愛情。
……羨ましい。
「俺はお前達を信じてぇと思っている。確かに棗の言う通りお前達がスパイの可能性はあるよ。それくらい俺と柚の近くにいる。だけどたとえそうであっても、俺は裏切ることはねぇと信じる。記憶が改竄されても、心は残る。俺はその心に賭ける」
須王の皆に対する、信頼の表明――。
「棗もきっとそうなんだ。だがあいつはそう簡単にはいかずに、なんでもないところでも、昔のことを思い出して発作にぶっ倒れる。だけど悪い奴ではねぇんだ。俺が背中を見せられる相手だ。そして俺もあいつにとってそんな存在であると自負している。だから――あいつのこと、信じて欲しい」
須王は頭を下げて言う。
「棗を……俺の友達を、お前達の仲間に入れて欲しい」