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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
「あのね、棗くんは昔を思い出したから辛くて弱っていたの。あんなになるまで我慢していたの。だから誰かに縋りたくなるのはおかしくないでしょう? あたしは看病の真似事をしただけよ」
「………」
「それにね、棗くんが愛情を持っているのはあたしではなく、あなただと思う。おかしな意味じゃなくて。あなただってそうよ。あたしは、棗くんほどあなたのことを知らない。あたしが知るのは高校の時の数ヶ月と、二年前に再会してからの音楽家としてのあなたと、半年前からの借金の肩代わりに抱かれていたあなたくらいしかわからないもの。だけど棗くんはきっとあなたをすべて知っている」
「………」
「あなたが十二年かけてあたしに届けてくれた想いすら、棗くんは既に知っていたんだもの。それに……須王、まだあたしが聞いていないからあえて言わないことが少なからずあるでしょう」
「……っ」
びくっと震えたことから、やっぱりまだあるのか。
「だけど〝一蓮托生〟の棗くんはそれをきっと知っている。あなたから話したわけじゃないにしても、棗くんはそれを察して聞けたんだわ。あなたをちゃんと理解出来ているから。……あたしはまだ、それが足りない」
「………」
「やっぱりあたし、棗くんに妬いているのかな」
須王はあたしの首筋に、強く吸い付く。
ひゃっと声を出すと優しく唇を押しつけてから言う。
「俺、棗の望むものはなんでもやりてぇよ、金でも名誉でも音楽でも。だけど、お前だけは無理だ。どう考えても受け入れられねぇんだよ。棗に譲る俺の姿を想像しただけで、狂い出しそうだ」
「……っ」
ねぇ、不謹慎かな。
彼の独占欲が、彼の嫉妬が嬉しいなんて。
あたしを離さないでずっと愛して、など思うのは。
「俺、お前が思っている以上に、本当にお前のことが好きでたまらねぇんだよ。お前に会いてぇ一心で、必死に生きてきた。お前が俺の生きる光だったんだ。ようやく手に入った光を失ったら俺は――」
悩ましいため息が耳を掠めた。
「俺はきっと、ひとでなくなっちまう……」