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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
「須王……」
「組織という猛毒は、組織を抜け出ても心身を蝕んでいる。俺にとってお前は、棗にとっての薬なんだ。お前が他の男のものになるのなら、俺の元にいねぇのなら……きっと俺は発狂して壊れるだろう。そんな俺が、容易に想像つく」
それは切実な声で。
「だから余計俺は、お前をあいつにやれねぇんだ。俺が人間として生きるためにも、お前が必要だから……。そう思えば、棗を見殺しにするのかと別の俺が叫ぶ。だけど俺は――」
須王の葛藤。
声が悲痛さに震撼していた。
「ねぇ須王。棗くんは女の子の格好を選んでいる時点で、女の子なんじゃないの? だったらあたしを好きになることはないよ。それにあたし、棗くんと接点なかったんだよ?」
「棗は男を捨てたわけじゃねぇよ。あの姿があいつのアイデンティティーの証明になるから、あの格好をしているだけで。それに十二年前……、棗は迷いなくお前を連れてきた。外界の人間に助けを求めれば、殺されることがわかっているのに、お前のところに行った。あいつ、もしかしてそれより前から……」
「いや、それはあたしがたまたま近くにいたからでしょう? 助けを求めないといけないほど、あなたの傷は酷かった。思い出せば、血が止まらないからかなり危険な状態だとお医者さんが言って必死に手当してたのよ。棗くん判断がなければ、組織に戻る前にあなたはあの雪の日で死んでいたわ。確か棗くんも怪我をしていたから、ふたりで失血多量で死亡ね」
「でも……っ」
しかし須王は食い下がる。
「ねぇ須王。大丈夫だって。そんなに不安になることはないから。あなたはあたしも棗くんも失わない」
須王が唇を噛みしめた。
ああ、両方失うのではないかと彼は怯えているのか。
「大丈夫よ。あたしはあなたの傍にいて、あなたと棗くんはずっと仲良しで、ずっと笑いあってこの先もいけるから。ほらいつもの自信満々の偉そうな王様に戻りなさいよ。あなたは冥王ハデスなんでしょう?」
「……なんだよそれ。……だけど棗だから不安になるんだ。他の男なら蹴散らせられるし、奪われる真似はしねぇと断言できるのに」
……断言しちゃえるんだ。
あたしの意志は関係なさそうだね。
……まあ、他のところに行きたいとも思ってはいないけれど。