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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
 

「組織の話がちらつく度に、棗くんの心も不安定になる。その度にあなたまでも揺れちゃ駄目。棗くんのためにもならないわ。棗くんが好きなら、ひっぱっていってあげなくちゃ。闇から光へと。少しでも早く回復出来るように。彼を邪推して、彼に怯えてはいけない。棗くんが好きなら、いつも通り接しよう。それが棗くんの望みであると思うから」

 須王が眩しそうにあたしを見て、ふっと口元を綻ばせて言う。

「そういうところなんだよな」

「え?」

「俺がお前に惚れたのは、お前の天使みてぇな姿と親切だけじゃねぇ。可愛い声をして、かなり核心を突く言葉で引っ張り上げようとする力だ。闇にもがく者は、そうした力に憧れて欲しくなる」

 視線が絡む。

「欲しいよ、お前の心も」

 再び唇が重なった。

「冥王ハデスがペルセフォネーをなんとしても妻にしようと、冥府に強奪して閉じ込めようとした気分がわかる。俺は、どうしてもお前が欲しい」

「あたし、無力な平凡女だよ?」

「それを言うのなら、俺は平凡どころか、お前の前で格好悪いところしか見せれてねぇよ。だけどこんな俺を叱咤して、まるごと愛してくれ――」 
 

 あたしやっぱり、棗くんはあたしより須王の方が好きだと思うの。

 誰よりも強く毅然としていて、だけどどこか繊細な脆さを秘めている彼は超人ではなく、やはり愛されるべき人間なのだ。

 だから須王、安心して。

 あたしも棗くんも、あなたの傍にいるから。
 あなたの頑張りを見ているから。
 


 ……あたしは失念していた。
 物騒で危険の中で育った須王の予感にも似た不安は、妄想ではないことを。

 彼の本能が告げるものであるのなら特に、彼の身に降りかかる危険である可能性が高いことを。

 そしてあたしは、棗くんの居る状況と現在の精神状態がどんなものかを把握しようともしていなかったのだ。

 今彼がどんな状況の中にいて、あたしを助けるために協力しているのか。

 彼の献身を彼の犠牲を、彼という防波堤を失った時に寄せる波がどんなものか、なにひとつ考えちゃいなかったんだ――。

 
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