この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
……思ってしまったんだ。
プロモーション的な手腕は、朝霞さんが飛び抜けていた。
彼が説明して推した企画は、どんな相手の心も溶かした。
言えるはずがない。
諸悪の根源、オリンピアの社長であり、自分も動いている朝霞に協力して貰おうなんて。
この事態を造りだしたのは、朝霞さん本人なのだから。
「エリュシオンの援助が駄目なら、瀬田さんのところに頼みにいこうと思っている」
棗くんの養い親でもある、瀬田さん――。
「ねぇ、あなたはなんでHADESプロジェクトを立ち上げたの?」
須王は単発に仕事をしていて、なにかのイベントに依頼されて関わることはあったが、こうした大々的なプロジェクトを自ら企画率先することは、今までしてこなかった。
「ん……」
須王は天井を仰ぎ見て言った。
「俺が作る最後のものに、出来たらと思ってる」
「え、でもHADESは一曲だけではなく、その後も曲作り続けるんでしょう!?」
「HADESだけはやるつもりだが、今まで我武者羅に突っ走ってきたから落ち着きてぇんだ」
「音楽、辞めるってことじゃないよね!? 少しお休みするってことだよね!?」
「……どうだろう。わからねぇけれど、裕貴のプロデュースもあるし、プロデュース業に専念して、いずれ音楽から足を洗うことになるかもしれねぇな。……時間は無限にはねぇから」
……須王は遠くを見つめていた。
まるで既に音楽界からの引退を覚悟しているような目で。
HADESプロジェクトを立ち上げたのは、音楽を創出するのを終わりにしたいから?
そのために、必死になっていたというの?
あんなに嬉しそうにピアノ弾いていたじゃない。
あんなに素敵な曲を作ってくれたじゃない。
そんなの――。
「嫌よ。あなたには、音楽を作っていて欲しい。あたしにずっと、あなたの心を聞かせてよ」
ぽかぽかと彼のワイシャツ越しの胸を叩く。
「ん……そうだな」
彼は泣きそうな顔で笑い、顔を傾けて屈むようにして、あたしにキスをした。
「誤魔化さ……ん、むぅっ」
彼とのキスは涙の味がした。
あたしは泣いていない。
泣いていたのは彼だ。