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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
 

 ……思ってしまったんだ。

 プロモーション的な手腕は、朝霞さんが飛び抜けていた。
 彼が説明して推した企画は、どんな相手の心も溶かした。

 言えるはずがない。
 諸悪の根源、オリンピアの社長であり、自分も動いている朝霞に協力して貰おうなんて。
 この事態を造りだしたのは、朝霞さん本人なのだから。

「エリュシオンの援助が駄目なら、瀬田さんのところに頼みにいこうと思っている」

 棗くんの養い親でもある、瀬田さん――。

「ねぇ、あなたはなんでHADESプロジェクトを立ち上げたの?」

 須王は単発に仕事をしていて、なにかのイベントに依頼されて関わることはあったが、こうした大々的なプロジェクトを自ら企画率先することは、今までしてこなかった。

「ん……」

 須王は天井を仰ぎ見て言った。

「俺が作る最後のものに、出来たらと思ってる」

「え、でもHADESは一曲だけではなく、その後も曲作り続けるんでしょう!?」

「HADESだけはやるつもりだが、今まで我武者羅に突っ走ってきたから落ち着きてぇんだ」

「音楽、辞めるってことじゃないよね!? 少しお休みするってことだよね!?」

「……どうだろう。わからねぇけれど、裕貴のプロデュースもあるし、プロデュース業に専念して、いずれ音楽から足を洗うことになるかもしれねぇな。……時間は無限にはねぇから」

 ……須王は遠くを見つめていた。
 まるで既に音楽界からの引退を覚悟しているような目で。
 
 HADESプロジェクトを立ち上げたのは、音楽を創出するのを終わりにしたいから?
 そのために、必死になっていたというの?

 あんなに嬉しそうにピアノ弾いていたじゃない。
 あんなに素敵な曲を作ってくれたじゃない。

 そんなの――。

「嫌よ。あなたには、音楽を作っていて欲しい。あたしにずっと、あなたの心を聞かせてよ」

 ぽかぽかと彼のワイシャツ越しの胸を叩く。

「ん……そうだな」

 彼は泣きそうな顔で笑い、顔を傾けて屈むようにして、あたしにキスをした。

「誤魔化さ……ん、むぅっ」

 彼とのキスは涙の味がした。

 あたしは泣いていない。
 泣いていたのは彼だ。
 
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