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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
だけど彼は誤魔化すようにして、あたしの口を塞ぐ。
彼にとって音楽は、辞められるものであったとふざけたことを言う。
あたしを抜きにしても、誰よりも音楽を好きなくせに。
音楽に対する敬意は誰よりもあるくせに。
辞めるの前提でプロジェクトを立ち上げたなら、どうしてあたしを入れたの? どうしてあたしにボーカルを探せなどと言ったの?
「そんな顔するな。冗談だから」
冗談には思えない顔で笑ってあたしを抱きしめる須王。
「お前と、ひとつの音楽を作りてぇからHADESプロジェクトを立ち上げたんだよ。そう言ってきたろう、俺」
「で、でも。音楽を終わりにする可能性もあるんでしょう?」
「……ちょっと、疲れちまったんだ。音楽を軽んじる奴らが多いことに。俺は音楽に対しては誠実にしてきたつもりだ。それが……こいつらには俺の音楽は届かねぇと思ったら、ここで作っている意味あるのかなって」
「………」
「俺から、音楽ができなくなったら、俺の生きる意味あるのかなとかさ」
「あるよ! 須王は王様だもの!」
「王様じゃねぇよ。暗闇にまた引きずり込まれることを怯えている、ただの弱い脇役のひとりさ。俺の音楽が否定されればなにもねぇんだ。……多才な棗とは違う。そう思ったら、ちょっとだけ……お前に愚痴ってみたくなったのさ」
「……須王からすべてがなくなっても、あたしがいる。須王が大怪我して寝たきりになっても、醜くなっても、傍にいるから」
「はは……。すげぇ最高の口説き文句だな」
須王はぎゅっとあたしを抱きしめた。
「お前が傍にいれば、俺から音楽がなくなってもいい……」
……今回の裏切りに相当こたえているのはあるだろう。
だけどそれならなぜ彼は、HADESプロジェクトを立ち上げた理由で、音楽から遠ざかるようなことを言ったのだろう。
あれは本当だったんじゃない?
それとも本当に冗談だったの?
それでもあたしは、縋ってくるこの温もりが愛おしくて、それを聞けずにいたのだった。