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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
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あたしはひとりでお使いも留守番も出来ない身の上、保護監督兼ボディーガードの須王に連れられて、名簿一覧にある牧田チーフの住所に車で行った。
東京都荒川区南千住――。
住宅街やマンションに囲まれたこの街は、かつて東京における刑場のひとつ、小塚原刑場があった地域でもあり、二種類の電車の線路に間に挟まれるように、大きな仏像が建てられている。
その南千住から隅田川方面に行ったところに、牧田チーフの住むアパートがあるらしい。
「住所はここだな……」
躊躇いがちに須王が車を停車させた。
「うん、じゃあここかなぁ……」
一覧にあるアパート名を付したアパートが目の前にある。
『結愛(ゆめ)荘』
愛を結ぶどころか、崩壊してしまいそうな古ぼけた建物――。
真っ黒い外壁は汚れらしく、ところどころ皹が入っている。
あたしのマンションも元々は誰もよりつかない古いものであったのを、亜貴が劇的に改装させたが、これを見たら亜貴が嘆きそう。
「……刑場で死んだ落ち武者の怨霊とかが出てきそうだな」
「や、やめてよ、おかしな冗談言うのは」
ざわっとして鳥肌が立ってしまう。
南千住が刑場跡だということは、実は須王がずっと車内で話していたからわかったようなもので、東京に住んでいるからといって、江戸まで遡る時代にどこでなにがあったのかなど、わかるはずがない。
その須王も、ひとに聞いて知ったそうだ。
「あ、外でなにかがお前を見てる!」
「ひっ!?」
「嘘だって、そんなのはいねぇよ。はは、もう涙目かよ。お前、お化け屋敷で泣いて腰抜かしていたものな」
「こ、怖いものは怖いのよ!」
「大丈夫さ。この世で一番怖いのは、死んだ人間なんかじゃねぇ。……生きた人間だ。生きた人間の邪な欲ほど怖くて、強大なもんはねぇ」
ダークブルーの瞳は怒りのようなものを秘めていた。
……きっと組織なのだろう。
子供を傭兵に仕立てあげられる大人は、どこまでも残酷な鬼神だ。
きっと須王と棗くんの過去には、あたしが想像も出来ないくらいの壮絶なものがあったのだろう。
いまだ悪夢を見たり幻覚に怯えるほどに。
そこまでの本能的な恐怖を、あたしは理解出来ないのがもどかしい――。