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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
「行くか。俺が先に確認する。まだ乗ってろ」
ドアを開けて外に立つ須王は、周りの安全を確認していたが、危険なものは感じられなかったようで、促されるままあたしも地面に足を着いた。
牧田チーフは茂なみに体格がいい。
しかも着ている服は、女帝に対抗するようにかなり高価そうなものであったから(似合っているわけではない)、てっきり耐久耐震性にも優れた、誰もが羨む洒落た家に住んでいるのかと思っていた。
それが意外というのか、可哀想と思うべきか、複雑極まりない。
住所の枝番によれば、彼女の部屋は二階にあるようだ。
こんな古いアパートなら、彼女の体重で移動すれば、いつ底が抜けても不思議ではない気がするし、階下から苦情は出ないのだろうか。
どうでもいいことを思ってしまったあたしが一瞥すると、ほとんど表札がなく蜘蛛の巣がかかっているドアもある。
そうか、ここは牧田チーフの牙城なんだ……と思いながら、錆びて茶色く腐食している鉄の階段を、慎重に恐る恐ると上っていくと、途中でくらりと眩暈がして、てすりに両手で捕まった。
いや、眩暈ではなく、物理的に……アパートが揺れている?
「ねぇ須王……なんか揺れてない?」
「……確かに揺れてるな。でも地震ではないようだ。上物の揺れだ」
「じゃあなに? 誰かが飛び跳ねてるとか!?」
「これは震源地は二階だな。ここの部屋でもねぇし、ここでもねぇ。ここでもなければ……」
残るひとつは最奥の――。
「牧田チーフの家が揺れてるの? やっぱり休んだ理由、風邪じゃないのかな?」
「風邪じゃねぇなら……」
「まさか運動して痩せようとしているとか。家で縄跳びとか!」
すると須王はぶはっと吹き出した。
「片やげっそり痩せるデブもいるのにな」
茂のことだろう。
「そんなギャグ漫画のような展開ならいいが、どう考えてもオリンピアの追加発表を踏まえたような故意的な休みを取るぐらいなら、もっと剣呑な事態を想定していた方がいいのかもしれねぇ。男の声で電話してきたのなら」
牧田チーフは彼氏はいないはずだ。
だから須王にきゃあきゃあ言っていたのだから。
だとしたら、本人ではない声は、どなたのもの?