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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
「ううん、あたしは友達とお菓子食べたりしなかったし、あれは毎朝運転手さんに貰ってて。元を正せば、父さんが運転手さんに渡してって頼んだみたいで。忙しいひとだったから、いつも朝は家にいなかったの」
餌を与えれば愛情を示しているのだと、父は思っていたのか。
休日でも家に戻っている時でも、書斎に籠もりきりであたしに会うこともなくなった父。
対外的には笑顔で朗らかであったが、家の中では陰鬱なほど気難しい面もあった。そして立て続けに父と会いたいと、様々な人間がなにかを持って家に来ていた。
昔はそういうひと達に抱っこして貰って遊んで貰った記憶はあるけれど、大きくなるとそういうこともなくなって。
今では、父になにかを頼みに賄賂を持ってきたのだろうことはわかる。
時折父の怒鳴り声も聞こえていた、客間。
「運転手って、十二年前に俺を屋敷に運んでくれた?」
「ああ、そうね。田口さんっていうの。若い頃からずっと運転手をしててくれたいいひとなの」
――柚様、……、……。……?
記憶にふと、田口の声が聞こえて、なにかの景色が揺らいだ。
だけどそれがなにかを理解する前に消えてしまう。
……本棚?
父さんの書斎みたいな景色が浮かんだような気がしたけれど、久しぶりに父さんのことを思ったから、精神が疲れたのだろう。
本当にあたしには、家族は鬼門だ。
「どうした?」
「なんでもない。昔思い出したら、くらっときちゃって」
須王はあたしの頭をぽんぽんと軽く叩くと、
「……飴だけで、そこまでべリー好きになったのか」
それから先はずっと無言だった。