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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
「柚さん、なにか嫌な予感がします。気をつけて下さい、その三芳さんに」
真剣な顔であたしに言う隆くん。
「奈緒さんがあなたにそう伝えたのなら、あたしはお腹が痛いように見えたのね」
「え?」
「奈緒さんはあたしの初めて出来た同性お友達なんです。だからあたしは、奈緒さんを疑うことは出来ません」
「では俺を疑っているんですか!?」
「いいえ。隆くんが善意だと言い張るのなら、あたしはそれを信じる」
「……っ」
隆くんの瞳が揺れた。
これは、罪悪感――。
「今元気でここで隆くんと会えたのだから、それでいい」
「……俺が玄関で守衛になにかを渡したっていうの、誰ですか」
隆くんは焦っているようにも思える。
不思議だね、危険を経験すると、腹の底を見せ合わないこの膠着した……とも言える状態では、ゆっくりと観察出来るんだね。
「もしかしてそいつが……」
たとえば隆くんの役割は、あたし達の仲間との関係に楔を打ち込むものじゃないのか、とか。彼の武器は、この純朴そうに見える表情だとか。
だけどよく見れば、瞳が揺れているもの。
それは、隆くんらしくない。
そうか、コンシェルジュのように隆くんも配置されていたのか。
「ごめん。須王は嘘をついていない。あたしは須王を信じている」
「……付き合っている方ですか?」
付き合っているかと聞かれれば――。
「付き合ってはない。だけど、あたしが好きな男よ」
「……っ、騙されているんじゃっ」
「騙されていない。あたしは、彼の言葉を信じるの。……無条件で」
隆くんが、あたしの揺るぎない態度に僅かに狼狽した時、厨房の中から隆くんが呼ばれた。
「邪魔してごめん。お仕事頑張って」
「柚さん、俺は……」
「もう一緒にお店はいけないけど、ここで美味しい食事、楽しみにしてる」
「柚さん、だからっ」
「あたしが譲歩出来るのはここまで。ティラミス、ありがとう。隆くんのおかげであたし、皆と話すことが出来たの」
「………」
「ありがとうございました」
頭を下げて、帰りに須王に寄って貰って買ったハンカチを入れた紙袋を渡した。
受け取ろうとしない隆くんに、無理矢理持たせると、あたしは笑顔で手を振り厨房を出た。