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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
 

 だけどそれに須王やシュウさんを犠牲にしたいのではなく、逃げる彼の身を案じていたように思えたのだ。
 恐らく、専務もまたなにかから……〝ジジイ〟やら〝ババア〟から逃げてきたのだろう。

 須王は逃げ、シュウさんは諦観して。
 ふたりの行く末を案じた専務の心は、決して私利私欲から出た傲慢な言葉ではなく、真情のように思えた。

 それがわかったからこそ、須王は専務から顔を背ける。
 専務を恨むことで確立していた、彼のアイデンティティーを守るために――。
 
 話すことが出来ない彼の代わりに、あたしがいる。
 あたしが緩衝材になって、話に乗ってきてくれないかな……と、世間話を持ちかけるあたしに、専務だけが乗ってくる。

 さすがは、食堂で取り巻き女性達を引き連れていた専務は、女慣れしているだけあって、大企業の重役なのに砕けていて話が面白い。

 須王のためにと思いながら話していたあたしも、思わず身を乗り出して反芻してしまう。

「食堂に、うどんを一気に吸い上げたカバがいたんですか」

 あたしは想像する。
 カバと形容されるからは、鼻の穴を広げて大口でうどんを吸い込んでいたのだろう。食堂はある種合コンや婚活の一部となりつつある空間だ。

 取り繕った化粧の濃い女達が多い食堂で、堂々とそんなことをしでかす猛者は凄いと思うし、逆に好感を持てた。
 
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