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エリュシオンでささやいて
第9章 Loving Voice
 

 銀の光沢があるネクタイを彼の首に回し、真剣な顔をして潜らせて回してしめる間に、幾度も啄むように唇にキスをしかけてきて彼は邪魔したけれど、根性でやり遂げた。

「お、うまい」

 男のひとは、ネクタイを締めると男っぷりがあがるよね。

「本当? よかった、昔練習した甲斐があったわ」

 途端に、須王からすっと笑みが消える。

「お前、自分でネクタイしめてたの?」

「ううん。亜貴に」

 さらに零下の空気を漂わせてくる。

「なんでお前がしめる必要があるんだよ。アキには両手があるんだろ!?」

 須王様、ご立腹。

「でも、いってらっしゃいのキスは出来なかったから」

「……待て。なんだそれ」

「あ、同居のルールがあって。亜貴にいってらっしゃいのキスをするか、ネクタイをしめるか、どちらかを選べと言われて……」

「はああああ!?」

「家族のコミュニケーションよ。外国はそうなんでしょう?」

「アキは日本人だろう!? ここは日本だぞ!?!」

「あ、うん。アキ、アメリカで生まれたから」

「アメリカ?」

「そう。おばさんがアメリカで亜貴を産んで、亜貴が六歳になるまで向こうに暮らしていて。あ、お正月には上原家に挨拶はしに来ていたけど」

「……アメリカ人は、ネクタイしめさせてねぇぞ?」

「あ、そうなの? だったら日本式にアレンジしたのかな。まぁちょっと、ずれてるところはあるけど、元来はそういう感じだし。だから邪推しないでね。本当になんでもないから」

「……じゃあ俺が相手だったら、どっちを選ぶ?」

 須王だったら――。
 
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