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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
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「え、救急車? そりゃあたくさん来るでしょう。だってここ、病院だもの」
退社後、病室でそわそわしながらお茶を淹れてくれている女帝に聞くと、一刀両断された。
そうだよね、病院だものね。
「社長だからここの病棟にくるかなと思ったんだけど」
するとソファに座って、いつもの通りたくさんの書類を見ている棗くんが、手首にきらりとブレスレットを光らせて前髪を掻き上げながら、あっさりと言う。
「ああ、それは無理ね。一介の企業の社長如きは、ここにこれないし」
ブレスレットありがとうとも、してみたよとも言われていないが、わざわざブラウスを腕捲りしてつけているのをさりげなく見せるあたり、本当に棗くんは素直じゃない。
さすがは王様のコンビの相手だと思いながら、なんとなく棗くんがわかってくる。いつも通りひとりぽつんとは座っているけれど、こうして会話に入ってくるあたり、少しは輪に打ち解けたような気がする。
「ここは官僚クラスよ、入れるのは」
「え、そうなの!?」
確かにセキュリティは面倒なほどにしっかりしている。
「ええ。だからエリュシオンの社長もまず無理ね。せいぜい、一般病棟の上の特別室あたり」
亜貴が入院していた時に、あたしが興味津々だったVIP室のことだ。
「だけどあそこも、下のランクでもかなりのコネがなければ無理なはずだけれど……。だけど……ビルのどこの会社?」
「ひとつ下の、シークレットムーンというIT会社」
「……ああ、そこならきっと一般病棟の上に居るわね」
「なぜ即答? シークレットムーンの社長を棗くんは知っているの!?」
あたしですら二年も同じビルに居たのに、よそ様の社長はおろか、鹿沼さんを始めとして、香月課長や結城課長らイケメン、あとはワイルドになりきれない微妙な野生児のしゅうしゅうさんですら、今まで知らなかったのだ。
それなのに、エリート街道を走る棗くんはなぜ知っているのだろう。