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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 
「……やめれるもんなら、とうの昔にやめてるよ」

 そう抑揚のない声で言うと、あたしの手ごとシフトレバーに乗せて、そのまま運転した。

――柚……、もう俺、限界。

「離して……っ」

――柚……。

「離さねぇよ!」

 荒げられた声と共に、車がさらに加速する。

「……っ」

 さすがにこの速度の中で揉み合うと、危険だと思って諦めた。

 皆が求めて期待する早瀬を、怪我させるわけにはいかない。
「皆の早瀬様」は指ひとつ、欠けてはいけない。

 心が軋んだ音をたてる。

 触れたくないのに触れている早瀬の手は熱くて、それと同じようにあたしの胸の奥にも、燻った火が発熱しているようで。
 
――性処理でもいいって言うなら、抱いてやるけど?
 
 ……思わず、涙が一滴こぼれ落ちた。

「……俺が触れるのはそんなに嫌か」

 こちらを見ずとも、あたしの涙には気づいたらしい。

 そこまで気づけるのなら、どうかあたしの心にも気づいて。

 あたしに触れないで。
 あたしを揺さぶらないで。

――有名人の娘だからお前のバージンに価値があった。それがなくなれば、お前に価値はねぇ。

 あたしの身体のように、心まであなたの好きにはさせたくないの。
 あたしだって、血を流す人間で、女なの。

「はい、嫌です」

 ……そう思って拒んでいるのに、なにか嫌な予感がするんだ。

 充満するベリームスクの匂いに、早瀬のこの力と熱に、いつか――心身の深くまで侵蝕されそうな、そんな危険な予感が。

 あたしの鋼鉄に作った拒絶心が、抵抗心が。
 いつか皹が入って木っ端微塵に吹き飛んでしまいそうで。

 丸裸になったあたしは、早瀬になにを乞う?
 拒絶の下のあたしの感情が、嫌悪感ではなかったら?
 
 いまだ、早瀬に惹かれていたら?
 早瀬の所有欲を嬉しいと感じていたら?

 嫌だ。
 あたしは、あたしであり続けたい。

 遊びを本気だと取り違えて、また……壊れたくない――。

 早瀬は翳りを落とした顔でなにも言わず、その手は離れることはなかった。
 ……いつものように、あたしの願いなど無視をして。

 
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