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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
棗くんが言う。
「退院は明日にして、懐かしきスタジオに戻ることにしましょう。須王、それでいい?」
「ああ。俺も、音楽をしねぇといけねぇから、ちょうどいい。お前らも辺鄙な要塞だが構わねぇ?」
「辺鄙だなんて、須王さん! 青山の一等地であれだけの御殿構えて」
「そうよ、早瀬さん。人数分以上のベッドと部屋があるのって、常人じゃないから」
常人じゃないよ、王様だもの。
「三芳、お前明日出れるか? 柚がもうテンパってる」
「了解です。言われていたものは終わったので。……柚、頑張ろうね。ただの秘書兼受付嬢から、現場で働ける一般社員に昇格出来るかしら、私も」
「え、一緒に働いていたじゃない、今までも」
女帝は病室で棗くんからただ、パソコン講座を受けていたわけではなかったらしい。
須王も仕事を出さないで、せっかくの有給をのんびりさせてあげればよかったのに。
「違うわ。私はあくまで補助員だもの。だから本当はチーフになって頑張れる柚が、羨ましかったの。色々仕事を教えてね、先輩」
「ちょ……」
女帝がにっこりと微笑む。
あたしは女帝の差別めいたコンプレックスに気づかなかった。
「プロジェクトがうまく行けば、三芳を受付嬢から引き抜くぞ。受付嬢は悔いのねぇように、ほどほどにな」
「本当ですか!? 頑張ります!」
そうか、これで彼女もエリュシオンの前線に出るのなら、少しでも……残ったスパイではない社員達とで、エリュシオンを更生させられたらいいな。
元はといえばエリュシオンの体制が招いた現実。
須王のように、前社長が望んだような音楽を愛して、素敵な音楽を提供出来る会社になるといいな。
「あ、その前にちゃんと美保はしめあげますんで。私のいない隙に好き勝手なことをしたツケをちゃんと支払って貰わなきゃ!」
女帝はグーにした左手に、パーにした右手をパチンパチンと鳴らした。
「あと隆ね、上の。私は隆のところなんて行っていないから。それを勝手に使われたのは正直気分が悪い。ばれたら消えれば不問だという、なめきったガキの考えに、ぶん殴ってやりたいわ。なにより、柚を裏切ったんだもの」