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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
すると棗くんが口を開いた。
「その子は私に任せてくれるかな。ちょっとひっかかるところがあるの」
「ひっかかる?」
「ええ。パラダイスを管理している忍月コーポレーションの情報で、隆の履歴書情報を見せて貰ったの」
協力したのは、宮坂専務かしら。
「……だけどその情報は、調べたら嘘だらけだった。もしかすると、そのおばさんという人とも親戚ではないのかもしれないわ」
「ええ!? あたしおばちゃんから甥っ子だと紹介されたんだよ!?」
「そのおばさん……文恵さんは、履歴書通りの住所に住んでいたし、旦那に早々に先立たれていたのも本当だったんだけれど、彼女は兄弟姉妹がいないの、義理でも。だから甥っ子が出来るはずがない」
「じゃあなんで……」
「まだわからないけど、ちょっとその線から絞ってみる。隆は偽名だろうけれど、どこから使わされたものなのか」
「……お願いします」
あたしは、「隆くんいなくなっちゃったんだ。居づらいよね」……程度にしか思っていなかった中、棗くんは疑わしいと調べていたんだ。
棗くん、さすがだ。
「あ、そんな尊敬の眼差しを送られても、これは須王が言い出しっぺよ。相当隆を怪しく思ったのね」
「え、そうなの?」
王様もさすがだ。
「二年もお前を口説かなかったのに、今突然強引に口説いたからな。理由があったとしか思えねぇ」
須王はやけに断言してくる。
「いや、それは元はと言えばティラミス……」
「どんな理由があったにしろ、お前が隆を頼ったという事実が、隆の狙い通りかもしれねぇ。隆が消えたのは仕切り直しで出直すつもりか、あるいは誰かに既に消されているのか」
「な、なに物騒なことを……」
「最悪な事態も想定しておけ。黒服が関わっていること自体、物騒なんだ。お前にばれて必要がなくなれば、捨て駒の行く先はふたつにひとつしかねぇ」
「……っ」
須王の言葉が、やけにシビアに心に響いた。
隆くん、可愛かったのになぁ。
美味しい料理やスイーツを作ってくれたのになぁ。
なにか事情があったからだと、あたしは思いたかった。
最初から騙そうとしていたなど、信じたくなかった。