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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
 

 *+†+*――*+†+*


 美保ちゃんの一件で女帝が体調不良となり、外部視察という名目で直帰という形にして、会社を一時間早く退社した。

「ごめんね……っ」

 過去に喧嘩をしてきた気丈な女帝とて、いつも隣に座っていた生意気な同僚のあんな姿と、生臭い血の臭いに平常心でいられなかったらしい。

 須王のアウディの後部座席でハンカチで口を押さえ、その顔色は真っ青だった。

「柚は大丈夫なの?」

「うん、慣れたのかも」

「慣れたって……うっぷ」

 確かにあたしは順応性がありすぎだ。
 須王ならまだわかる。だがあたしは、ちょっと前までは平々凡々に生きていたといたんだ。

 美保ちゃんにしろ、牧田チーフにしろ、それまではちゃんと動いてそれなりに化粧をしてお洒落をしていたのに、簡単にいたぶられてただの卑猥な肉塊になってしまうのかと思えば、女で生まれたことがよかったのかどうかよくわからない。

 女だからなぶられているのだろうか。
 女だから、こんな好き勝手に。

 女帝をまずは寝かせていた間、須王はハンズフリーで話している。

「……ああ、わかった。悪いな、今から俺達もスタジオに戻るから。お前も今日は引き上げろ。ああ、またな」

 恐らくは棗くんだろう。
 彼の傍らに見えるのは、プライベート用のスマホだった。

「棗が手配して、谷口を転院させた」

「え、T大付属?」

「いや、別の病院だが、元は精神病院の閉鎖病棟で、わけあり患者を入れて厳重管理しているところがある。そこは形成の腕もいいらしいから、そこに移った。看護師も医者も決まった人間しか出入り出来ねぇし、外部からの侵入はまず無理だ。俺達も面会は出来ねぇが、牧田のように行方不明になることはねぇ。四六時中監視モニターがついている」

「そっか。物々しいけど、美保ちゃんが安全に、痛めつけられて腫れ上がった口が元の状態に治るのなら辛抱だね」

「ああ……」

 須王の返事がどこか遠くて、あたしは身を乗り出して聞いてみた。

「なに、他になにかあったの?」

「いや……」

「須王?」

「隆が見つかったらしい」
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