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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
 

「俺がお前の手になる。グランドピアノじゃねぇけど、我慢してくれ」

「手?」

「ああ、まずは小手調べに一緒に弾こう」

 そう言いながら、彼の手の上にあたしの手を乗せ、ピアノ曲の定番であり、須王が最初に覚えた…ベートーヴェンの『エリーゼのために』を弾く。

 動かないあたしの指は、まだピアノの鍵盤を覚えている。
 あたしの指に合わせて須王が鍵盤を押していくと、あたしが本当に弾いている気分になって楽しくなってくる。

 まるで九年前に戻って、音楽室で弾いているようだ。

 ふたりでひとつの音を奏でる快感。
 あたしの音を須王はよく知り、そしてあたしも須王の音を知り、溶け合いながらひとつになるのは、セックスとはまた違う快楽をもたらす。

 思わず甘い吐息を零してしまったら、横から見つめてくる須王が微笑んで、曲の合間にちゅっちゅっと頬に口づけてきた。

「……真面目にやりなさい!」

 口を尖らせてそちらを向くと、すでに須王の目はとろりとしている。
 セックスをしているわけではないのに、官能的に溶け合っているような……あたしと同じ感覚をその身で感じているのだろうか。

「ん? 真面目に?」

 ピアノを弾きながら、あたしの鼓膜に熱く掠れた声を届けただけではなく、細めた舌先を耳の穴に入れて、抜き差しをしてくる。

「ひゃあああっ、それ、真面目じゃないっ!」

 耳を攻められてぞくぞくしながら、片肩を竦めて叫ぶと、須王は耳朶をくちゃくちゃと音をたてて甘噛みしながら囁いてくる。

「真面目に愛でてるよ、お前もピアノも」

 熱の籠もったような甘い声に、ぶるりと身震いをしてしまう。

「ほら柚、指が遅れてるぞ?」

「そんなこと、言ったって……」

「俺についてこれなかったら、お仕置きだぞ?」

「お、お仕置き?」

「ああ、すごくいやらしいのにするか。皆の前でするとか。お前好きだものな、見られていると思ったら燃えるみたいだし?」

「ひっ、頑張る!」

「頑張れ?」
 
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