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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
九年前とは立場が違う。
須王にピアノを教えていたあたしは、今は須王に導かれるまま必死に指を動かしながら、須王の悪戯に必死に耐える。
「……ちょ、なんで、子犬のワルツ、早い早い早いっ」
次に須王が弾き始めたのは、ワルツのリズムでも難易度が高いショパンの『子犬のワルツ』。軽快な曲を、原曲より数倍早く弾いている。
「あははは、ほら遅れてるぞ。それなら子犬じゃねぇぞ」
「早すぎるって、原曲はこんなに早くないっ!」
曲が終えると、須王は電子ピアノのボタンを押す。
するとドラムの音がずんずんと鳴り始めた。
この電子ピアノはシンセのように、あらかじめ用意されたプリセットのものか、個人的に録音したものかを再生することが出来るらしいが、とかく須王は字は壊滅的に下手なのに、音楽の機械操作に強い。
ITは馬鹿にするのに、どうして機械にここまで強いのか、よくわからない。
「8ビートでいくぞ」
8ビートは、8分音符を最小単位とした、J-POPやロックなどの基本とされるリズムで、ところどころにシンバルも鳴ったり、シェイクと呼ばれるドラムのスネアの細やかなアクセントリズムが入り、それに合わせて須王は弾き始めた。あたしの手を乗せて。
「スタート」
「ひぃぃぃぃっ、トッカティーナ無理、無理!」
それは須王と初めて会った時に須王が弾いていた、ニコライ・カプースチンが作曲した『8つの演奏会用練習曲 作品40-3「Toccatina(トッカティーナ)」』。
あの時より力強い音運び。
8ビートに乗っているために少しはリズムが変わるところはあるが、中々ドラムと相性が合う曲だったらしく、難しい曲なのにとてもお洒落だ。
……お洒落だけど難しくて、あたしの指はついていかないのが悔しい。
指が動けば、一緒に弾けたのに。
九年前のように、笑いながら。