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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
 
 

 吹き付ける風がやけに冷たくて、あたしの肌がざわりと服の中で鳥肌をたてる。腕を摩りながら、重い足をずずっと前に出せば、須王が腕組をしながら訝った。

「なにがそんなに駄目だ? 場所か? ひとか?」

「わからない。場所ではない気がするけど、予感というか……」

 あたしのぐだぐだな記憶では、上野公園に来たことがないという認識もどこまで正しいかわからないけれど、今の五感を信じるのなら、なにかあたしをざわめかす大きな雑音……ひとの声が無性に嫌だ。特にあの人だかりが。

「……誰かの声かも」

 音――。
 風に乗って聞こえるその声に起因があるのか。

「あっちに、お前の記憶を刺激する誰かいるのかな」

 数十名のひとだかり。
 全員が背中を向いてなにかを見ている。
 話し声や笑い声が聞こえて、やはり聞こえる声にぞくりとしているようだ。

「……確かめないとな。なにかあると、お前が感じたものはなにか」

「うん……」

 須王はあたしの手を取り握って歩く。
 それは自然で、いつも通りではあったのだけれど……。

「ちょっ、誰が見ているか」

 なにせ須王は有名人だ。
 眼鏡をかけていたとしても、この美貌は無駄に目立つ。
 それなのに、彼はこう言うんだ。

「いいんだよ、そんなもん。俺の女はお前なんだから」

 隠そうともしないその潔いまでの彼の男気に、須王はあたしを悶絶死でもさせたいのだろうか。

「お前は、俺の彼女だろうが」

 ……恋人だと、そう断言する須王は、無理矢理にあたしの手を恋人繋ぎで握り、風に髪先を揺らしながら颯爽と歩く。
 
 須王の存在に、ちらほらと通行人が気づ始めて、振り向いては指さす。
 ああ――、わかっていたけれどこの視線。
 あたしは公開処刑を食らっている気分だ。 

 女帝に助けを求めようとしても、にやにやして人だかりの中心を一足先に見に行って、スマホで撮影している。
 
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