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エリュシオンでささやいて
第10章 Changing Voice
須王は憤ってつかつかとピエロに近づき、ピエロの胸ぐらを掴んで怒鳴る。
「お前、誰だ!!」
須王の剣幕に、宙に浮いたピエロが恐怖に身体を仰け反らせる。ただ事ではない雰囲気に、観客達がざわざわし始めて、夢の記憶探索にトリップしていたあたしは我に返った。
やばい、このままでは須王のゴシップになる。
そう思ったあたしは、背後から須王の腰をタックルするように、両手で抑えて言った。
「須王、駄目! 須王っ!!」
「言えよ、お前の意志か、それとも誰かに言われたのか!? なんでこんなことをするんだ。あ゛あ゛!?」
やばい。
須王がキレちゃってる。
観客からスマホのカメラのレンズが向けられるのを察し、モグモグ、写メ避けに伸びたり縮んだりして遮り、王様を守る!
「答えろっ!!」
その時だった。
Der Hölle Rache kocht in meinem Herzen
(復讐の炎は地獄のように我が心に燃え)
Tod und Verzweiflung flammet um mich her!
(死と絶望がわが身を焼き尽くす)
モーツァルト作曲のオペラ「魔笛」、夜の女王のアリア。
ソプラノのさらに高い音を転がすように歌うコロラトゥーラによる超絶技巧を強いる曲を難なく歌い上げている歌声が聞こえて来た。
それは、依然膝の上で歌い続ける頭部からではなく、観客の中からだ。
天使が歌っていたあの曲を難なく歌いこなせているひとがいる。
否、天使と同じ声音で歌っているひとがいる。
同じ声ということはありえない。
声紋認証というものがあるように、人間の声は同じではないからだ。
だけど、一度聞いた天使の歌声をあたしが間違えるはずがない。
九年前だろうと、あたしの耳は天使の声を忘れるはずがない。
あたしを救済した、あの歌声を――。
ざわめく観衆達は、やがて声が聞こえる一点を見つめた。
あたしは震え上がった。
それは――。
髪は短いけれども、天使と同じ顔をした人物が立っていたからだ。