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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
彼らだって真剣なんだから、あたしだって真剣に選びたい。
壇上での演奏は希望であると同時に、緊張もするもので。
運命が違えるかもしれない一瞬に、彼らがすべてをぶつけようとしているのなら、あたしだってそれを受け止めたい。
名の知れない音楽関係者のひとりだけれど、それでも音楽は好きだから。
至高の音楽を、あたしも広く届けたいから。
声質にも堅い柔らかいがある。
しっかりとして安定感がある声質は、HADESプロジェクトには必要がないように思える。
すっとひとの心に忍び込んで、取り憑いて離れないような……気づけば気になってたまらない、そんな歌声が欲しい。
曲に合わせて変えられる多変化な声。
幻想を見いだせるような、人間性を押しつけない声。
純正律の和声を奏でられるだけの声が、今ここにあるのだろうか。
……しかし、なかった。
演奏順番が進むにつれ、段々と失望感に覆われる。
どんなに素晴らしい歌声でも、プロジェクトのコンセプトに合いそうもない。
――俺の曲に、お前が選んだ歌声を乗せたいと思わねぇのか?
早瀬の曲に溶け合える歌声が、ない――。
休憩が入り、軽く消沈しながらお手洗いに行く。
「今月中に選ばなきゃ……」
あと一週間ちょっとでふたりを発見しなければ、企画は白紙。
妥協したくないけど、妥協しないといけないのかな。
「……とにかくやるしかない。たくさん歌声を聞いて……」
洗面台で手を洗い、お気に入りのレースの白いハンカチで手を拭いていた時だった。
「ふざけんな!!」
男性の怒鳴り声と共に、ばきっと何かが壊れる音がしたのは。
化粧室のもっと奥にある扉から、ギターらしきものを背負った高校生くらいの少年が憤然と歩いてきて、あたしとすれ違った。
摩る片手が赤く、涙が流れていて。
彼はきっと出演者なのだろう。
もしかして喧嘩でもしたのかもしれない。
本番前の緊張で、些細なことに苛ついて不和となり、演奏ががたがたになるバンドがあるのはよく聞く話。
だから日常の一幕だと、それが彼の運命なのだと、そう見逃せばよかったものの、なにか……彼の横顔が後ろ髪引かれる思いとなり、踵を返して彼を追いかけた。