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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
「ただいま、ケルベロス!」
裕貴くんが両手を広げると、向こう側から、長い鎖に繋がれた大きな黒いドーベルマンが、あたしめがけて全速力で駆けてきて、あまりの恐怖で身体が竦んでしまったあたしの目の前で、鎖がぴんと張り、まるで透明の硝子でもあるかのようにそこから動かなくなる。
「こら! 飼い主がただいまと言ってるんだから、俺の方に抱き付いてこいよ。なんでお前は、可愛い女の子には一目散に走って行くんだ!」
すると同時に舌打ちしたのは、あたしと同じ女である女帝と、須王だった。
ドーベルは、あたしに抱っこして貰いたいと言うように顔をあたしに向けて、激しく尻尾も舌もぶんぶんと左右に振っている。
「こら、お前は番犬だろ!? このエロ犬め! なに柚に媚びてるんだよ!」
苦笑したあたしが撫でようとしたら、すっと棗くんが前に立ち、腕組をしながら、その透き通るような茶色い瞳でじっとドーベルを見つめた。
「………」
「………」
「………」
「……クーン」
やがてドーベルは、その場で項垂れるようにして伏せた。
「うわ、ケルベロス、俺でも言うこと聞かないのに、なんで棗姉さんが見ただけでおとなしく……」
「なめられちゃだめよ。目で制す!」
凄いや棗くん。
そう思って棗くんにキラキラした目を向けていたら、二回くらい連続で舌打ちが聞こえた。と思った拍子に、ぐいと引き寄せられるのと同時に、須王の唇があたしの唇と重なっていた。
ドーベルの見ている前で。
皆が見ている前で。
問答無用でさらに舌まで差し込んで、彼の技巧的なキスに慣らされてしまったあたしの身体は、簡単に甘い声を漏らしてしまう。
やがてドーベルが「キューン」というような降参の小さな声を出して、あたし達に背を向けて、とぼとぼとすごすごと奥へ戻って行った。
「ふん。俺の女に手を出そうとするからだ。柚がいるのは誰の縄張りの中か、わかっただろう。柚はお前には尻尾は振らねぇよ」
……須王さん。相手はたかが飼い犬です。
相手は人間でもなければ、あたしもあなたも犬でもないんですが。
しかも縄張りって……、ここ、裕貴くんのおうちなんですが。
皆がじっと見ている。
ああ、恥ずかしい。
モグモグ、穴掘って隠れたい。