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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
侮蔑の視線を浴びても、さっちゃんは無表情だった。
彼女の心は、鉄なのか。
それとも彼女は、須王の母親ではないのか。
ただ、こう言った。
「信じる者に足を掬われないようにね」
そしてくるりと背を向けた。
「どういう意味だ!」
「言葉の通り。あなたが私に捨てられたのだと言い張るのなら、わかるでしょう。人間は生きるためには、非情な鬼となれるものだから」
正論かもしれない。
だけどあたしは、反発するようにして言った。
「そういうひともいるでしょう。だけど、あたしは須王のおかげで生きて今ここにいる。彼はひとの命を守れるほどに強くなりました。この世はそこまで悪くはないと思わせてくれるほどに」
「………」
さっちゃんは去らない。
その手が小刻みに震えていた。
だからあたしは――。
ソファの上にあるバッグの中から名刺入れを取りだし、その一枚をさっちゃんの手に握らせた。
「もしもなにか言いたいことがあるのなら、080の番号に電話下さい。それはあたしのスマホの番号ですので」
「おい!」
「もしもあなたが誰にも助けを求められないのなら、話を聞くだけならあたしでも出来ます。あたしとあなたとの間には、直接の怨恨はないから。いくら須王を苦しめた相手とはいえ、あなたの言い分を聞くくらいは度量はあるつもりですので。いらないのなら捨ててしまって結構です」
「……ええ、捨てさせて貰うわ。違うと言っているのに、それが真実だと思い込んだ妄執者としたい会話などないから」
さっちゃんはその場で破らない。
……憎まれ口を、わざときいているのだろうか。