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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
「ああ、俺もだ。さっさと出て行け!」
「ごめんなさい。もう宮田さんのお宅には来ないわ、今までありがとう」
裕貴くん達家族にそういいながら、さっちゃんは出て行く。
その背中が孤独に小さく見えたのは、思い過ごしなのだろうか。
泣いているように見えたのは、あたしだけなのだろうか。
須王の母親であるのなら、それはあまりに身勝手だ。
最後までないことにされる子供の気持ちなど考えちゃいない。
だけどもしも、子供だと言えない理由があったのなら、これほど悲しい別れはない。
なにより、須王の気持ちを昇華させてあげられないことが、あたしの心にわだかまりを残す。
だからあたしは、小さくなる背中を見つめて、こう願うのだ。
どうか、電話をしてきて欲しいと。
さっちゃんが須王の母親なら。
須王を捨てたことを悔やむ心があるのなら。
この別れを辛いと思うのなら。
どうか、さっちゃんは鬼ではなく、やむを得ない事情で手放さざるを得なかった母親だったのだと、須王を今でも愛しているのだと、そう須王に伝えさせて欲しい。
須王の暗澹たる心を救って欲しい――。
「須王さん、手当!」
裕貴くんが家から救急箱をとってくる。
深くハサミを突き刺してしまった須王の腕からは出血が酷く、身体で抱き付いていたために、あたしの白い薄手のセーターも血に染まっていた。
ただ、抱き付いたことで多少の止血になっていたらしく、棗くんが冷静に、須王の上腕を指で摘まんで動脈を圧迫しながら、消毒液をつけたガーゼをあてて、きつめに包帯を巻いた。
「手、動く!? ピアノ、弾ける!?」
あたしは須王まで音楽の道を絶たれたらと思うと、気が気ではない。
「ああ、ほら大丈夫だって。ちゃんと太い血管や腱は外して傷作ったから。お前の方がひでぇじゃねぇか。屍体みたいだぞ?」
「屍体って……必死だったんだから!」
「ああ、ごめんごめん」
須王は笑いながら、ぷっくりと頬を膨らませて怒るあたしの頭を撫でる。
……そんなあたし達を、棗くんが冷ややかに見ていたことに気づかず。