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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
「上原サン」
救急箱の蓋を閉じながら、棗くんが言った。
「あなたがあのひとに名刺を渡したのは、ただの自己満足よ」
それは冷たい声だった。
「あなたがなにを出来るというの? ふたりの仲を取り持てるとでも思っているの? だったらそれは、ただの傲慢。余計なお世話というものよ。関係ないひとは引っ込んでいて欲しいわ」
「……っ、あたしはただ……」
そこまで反論されるとは思っていなかったあたしは、狼狽する。
「……あなたはあの地獄を見ていない。だから捨てた親にも情けをかけられる。だけど地獄を味わったものにしてみれば、私達を産んで捨てた母親というものは、殺してやりたいほど憎いものなの」
それは、棗くんの本音なのかもしれない。
「おい、棗。こいつは俺のために……」
「いいわね~、須王。いつでも庇って貰える優しい恋人がいて。いつもいつも須王の立場になって、須王の気持ちを軽くしようと考えてくれる優しい上原サンのおかげで、きっと須王は、あの地獄を忘れていくのね」
「棗……」
「いいわね、須王は。ひとりで救われて。それなのに私は――」
棗くんの目になにかが溢れたのを見て、あたしは慌てて棗くんの前に立って両手を広げて、皆から棗くんを隠した……つもりだった。
「なにやってるの」
だけどあたしの身長の方が棗くんより低くて。
棗くんは目を擦りながら、役立たずのあたしに声をかける。
居たたまれないあたしは、棗くんに頭を下げた。
「棗くんのトラウマ、ぶり返させちゃってごめん。須王もごめん。のほほんとしていたあたしが余計なことをした! そ、そうだよね。さっちゃんに事情があったところで、なにも変わらないよね」
受けた、苦痛は消えることはない。
それどころか、封印していたものを呼び起こす。