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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
「もう駄目だ……。俺ひとりでなにも出来ねぇし。くそっ……」
「待てぃ! ギターにあたるんじゃねぇ、若造!」
「……あんた、何者だよ……」
「ごめん、興奮しちゃって。きみの名前と年齢は?」
「宮田裕貴(みやた ゆうき)、十七歳」
「裕貴くん、勇気を出せ!」
「……寒すぎて俺笑えないんだけど」
「別にウケ狙っていたわけではないけど、許せないんだよね、未来ある少年を金や力で解決させようとする、汚い大人の考えそのものが!」
「あと1時間弱で、俺の番。ひとりでなにも出来ないで恥かくよりは……」
「恥かきたくないから諦めて、音楽に対してもやもやさせたまま、普通の高校生出来るの?」
「だけどさ! 仲間がいないし!」
「あたしね、ピアニスト目指していたの高校生の時。音大推薦もなんとかとっててさ」
「え?」
「だけどあたしの不注意で、階段ですっころんで指に怪我して、その後遺症で両手の指が動かなくなった。見て」
あたしは両手の指を広げて、指を動かしてみせる。
「薬指と小指って、普段あまり活躍していないような指に思えるけれど、これがピアノだったらかなり大切な指だったの。……動かなくなって気づいたけどね」
見事に動かずに垂れたままの左手の薬指と、右手の小指を見ると、裕貴くんは気まずそうな顔をした。
「動かなくなった指のおかげであたしはピアニストの夢を絶たれた。早い曲や難しい曲を弾いたら特にわかる。音が抜けて弾けないんだもん。ピアノ曲って大体五本の指をフルに動かせるように出来ているし、動かない指を他の指でカバー出来ない。1オクターブの和音すら弾けなくなったんだから、どんなに悔しくて毎日泣いても、諦めるしかないでしょう?」
「……」
「でもきみは、動く指がある。手がある。ギターもある。演奏出来る場所もある。それなのに、仲間がいないから、ひとりだからと、簡単に諦めるというの?」
「……っ」
「プロになるには、実力と運がなければだめ。あたしは実力もなくて大それた夢を見て、現実を知った。だけどきみは、このイベントに参加出来る運も実力もあるでしょう? プロになりたくても、何年かかってもなれないひともいる中、きみはチャンスを掴んでいる」
「……」
「帰るのなら、思い切りぶつかって砕けてからにしなさい。今まで頑張って来た、全力を出し切るの」