この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
……初めて会った女に、こんなことを言われて屈辱だろうな。
だけどあたしは、理不尽な出来事に涙する彼を、自分にダブらせてしまった。泣くほど音楽が好きだったのだと気づいたのは、ピアノから遠ざかりエリュシオンで前社長に教示されてからだ。
それに気づくまで、最低五年はかかった。
そんな回り道を、裕貴くんにして欲しくない。
輝ける時に、思い切り輝いて欲しい。
人間、いつどうなるかわからないのだから。
裕貴くんは唇を噛みしめて俯いた。
握りしめた両拳が震えている。
一番悔しいのは、彼だ。
大きなチャンスで演奏出来ない自分。
見ず知らずの女に、知った顔で説教されている自分。
でも、だからこそ奮起して欲しい。
「音楽を諦めて、家に帰る?」
裕貴くんは頭を横に振る。
「音楽なんか、やめちゃう?」
再度、頭を横に振ると、あたしを見た。
「挑戦したい。音楽やりたい」
その確固たる意志にほっとしながら、あたしはあたしより背が高い彼の背中を叩く。
「だったら、全力でぶつかれ!」
「うん。運はないけど、実力だけで行く」
「うわー、なに自信あるの、生意気だわこの十七歳っ!!」
「ははは、おばさんより俺、若いから」
「おばさんってなによ、まだ二十代半ばよ、こいつ~っ!! 運がないくせして、口だけは達者で!!」
裕貴くんのほっぺを両手で伸ばした時だ。
「助けてやろうか?」
いつの間にか、壁に背を凭れさせるようにして、腕組をしながら早瀬が立っていた。
「いつから……」
すると早瀬は苛立ったように言う。
「……お前さ、いなくなるのなら、ひと言言えよ。勝手に動くな! お前迷子にでもなったかと、焦ってずっと探す羽目になったじゃねぇかよ」
「は、はあ。それは、どうもすみません……」
「大体、助け船出そうとか、思わねぇのか!?」
「助けないといけないこと、なにかありました?」
純粋に尋ねたら、早瀬は眼鏡の奥の目を不機嫌そうに細めた。
「偉そうなおじさん、あんた誰よ?」
裕貴くんは早瀬を見ても、有名な音楽家だと気づいていないらしい。