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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 

 ……初めて会った女に、こんなことを言われて屈辱だろうな。

 だけどあたしは、理不尽な出来事に涙する彼を、自分にダブらせてしまった。泣くほど音楽が好きだったのだと気づいたのは、ピアノから遠ざかりエリュシオンで前社長に教示されてからだ。

 それに気づくまで、最低五年はかかった。

 そんな回り道を、裕貴くんにして欲しくない。
 輝ける時に、思い切り輝いて欲しい。
 人間、いつどうなるかわからないのだから。

 裕貴くんは唇を噛みしめて俯いた。

 握りしめた両拳が震えている。
 一番悔しいのは、彼だ。

 大きなチャンスで演奏出来ない自分。
 見ず知らずの女に、知った顔で説教されている自分。

 でも、だからこそ奮起して欲しい。

「音楽を諦めて、家に帰る?」

 裕貴くんは頭を横に振る。

「音楽なんか、やめちゃう?」

 再度、頭を横に振ると、あたしを見た。

「挑戦したい。音楽やりたい」
 
 その確固たる意志にほっとしながら、あたしはあたしより背が高い彼の背中を叩く。

「だったら、全力でぶつかれ!」

「うん。運はないけど、実力だけで行く」

「うわー、なに自信あるの、生意気だわこの十七歳っ!!」

「ははは、おばさんより俺、若いから」

「おばさんってなによ、まだ二十代半ばよ、こいつ~っ!! 運がないくせして、口だけは達者で!!」


 裕貴くんのほっぺを両手で伸ばした時だ。


「助けてやろうか?」


 いつの間にか、壁に背を凭れさせるようにして、腕組をしながら早瀬が立っていた。

「いつから……」

 すると早瀬は苛立ったように言う。

「……お前さ、いなくなるのなら、ひと言言えよ。勝手に動くな! お前迷子にでもなったかと、焦ってずっと探す羽目になったじゃねぇかよ」

「は、はあ。それは、どうもすみません……」

「大体、助け船出そうとか、思わねぇのか!?」

「助けないといけないこと、なにかありました?」

 純粋に尋ねたら、早瀬は眼鏡の奥の目を不機嫌そうに細めた。

「偉そうなおじさん、あんた誰よ?」

 裕貴くんは早瀬を見ても、有名な音楽家だと気づいていないらしい。

  
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