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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
「こんな俺を選んでくれて、ありがとう」
……駄目だ、泣きたくなる。
だけど、泣いたらせっかくの化粧が崩れる。
「……それ、どんなリアクション?」
眉間に皺を寄せて、泣かないように頑張っているんだい!
「ただい……」
裕貴くんの声に、あたしはそのまま振り向いてしまった。
そこには裕貴くんだけではなく、女帝や棗くんも居た。
棗くんは茶色い瞳であたしをじっと見ている。
そう、じっと。
まるであたしとの距離を推し量っているように、いつもの棗くんらしくないように瞳を揺らして。
「柚、須王さんに虐められたの!?」
女帝が棗くんの背中を突いている。
ああ、多分、女帝や裕貴くんが棗くんになにかを言ったんだなと思った。
「違うよ、アホ。どうだ俺の化粧は……って、いい加減お前その顔をやめろ」
頭をぽんと叩かれて、あたしは皆を睨み付けていたことを知った。
「眉間、皺になるわよ」
そう言ったのは棗くんで。
慌てて指で皺を伸ばすあたしに、どっと笑いが起きて、棗くんも笑った。
棗くんが笑ってくれた。
そう思うとまた涙を我慢しようとして変な顔をしてしまい、須王に小突かれてしまった。
「お前、ウケを狙わなくてもいいから」
……別に笑いを取ろうとしたわけではないんだけれど。
皆が笑う中、棗くんが静かに頭を下げた。
別に棗くんが謝ることはない。
あたしが無神経なことをしてしまったのは確かだから。
だけど言葉なくとも棗くんの心が伝わってくる。
なにも言葉だけがすべてではない。
言葉を出さずとも、伝わる感情というものがある――。
だからあたしも頭を下げた。
頭を垂らす棗くんがあたしを見たかどうかはわからない。
なにも棗くんだけがすべてを背負わなくてもいい。
あたしは、もう少し気遣うべきだった。
彼らにとって、捨てた母親との接触は、ナーバスになる問題なのだと。
「ただい……あら、なにふたりでお辞儀してるの?」
ちょうど戻ってきた裕貴くんのお母さんの声に顔を上げたあたしは、泣きたくなるのを我慢していた真っ最中で、実に今日三度目の変な顔をして、裕貴くんのお母さんやおばちゃんまでもを笑わせてしまったのだった。