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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
おばあちゃんが色紙を持ってきて、須王にサインとひと言をねだった。
サインはいいらしいが、そのひと言に悪筆を披露することは忍びないと、一旦それは持ち帰り(多分あたしが書くのだろう)、代わりにお母さんとおばあちゃんまでもが持つスマホで、須王とツーショット。
須王は字を書きたくないために、笑って見せるという大盤振る舞い。
そして最後は、スマホのカメラをタイマーにして、皆で記念撮影。
あたしが母親というものの愛を感じた……この家での瞬間を、あたしのスマホで封じることができたようで、なんだか嬉しかった。
「また来てね、柚ちゃん。今度は裕貴の姉たちとも会ってみて。同じ年代だと、話も合うこともあるでしょう」
裕貴くんのお母さんは優しい。
こういうひとを、あたしはお母さんって呼びたかった。
他人を愛してくれるのなら、自分の子供であったら、どれだけ愛情で包んでくれるのだろう。
「早瀬さんも。あなたの家だと思って来て下さい。裕貴をよろしくお願いします」
それはきっと須王も感じただろう。
あたし達を産んだ母親の愛に、あたし達は飢えている。
お腹にいる十ヶ月の間、母親はなにを考えたのだろう。
生まれる前は、少しでも……愛おしいと思ってくれたのだろうか。
「またな」
三度目のお色直しをしたおばあちゃんは、あたしに手を振ってくれた。
あたしには、生まれた時からおばあちゃんがいない。
ただ、赤い花を届けてくれる大家のおばあちゃんはいるけれど。
今度は須王が小林産のランクルの運転席に乗り込み、棗くんが助手席に座った。
須王と棗くんが揃った時は、ふたりを一緒にしてあげたい。
ふたりはいつまでも、隣にいるべき二人組なのだから。
二人肩を並べている、そんなふたりがあたしは好きだから。
皆で手を振り、宮田家を後にする。
おばさん、ごめんね。
そしてありがとう。
あたしはいつまでも手を振って見送ろうとする裕貴くんのお母さんに、頭を下げた。