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エリュシオンでささやいて
第11章 Darkness Voice
「それと、少なくとも二度目に部屋に行った時には血の臭いが薄れていたのだから、消臭剤の類いは必要となる。あそこの窓は嵌め殺しで、開かない。だとすれば、外気との換気は出来ないのよ。無論、隠し部屋を開けたとしても、あれだけの臭気を消すことは出来ない。たとえ、換気扇がついていても、あんな僅かな時間で」
「それがAOPか?」
須王が言う。
「……の、気がする。AOPは柘榴の匂いに注目してしまいがちだけれど、今までのも記憶がどうの言う前に、匂いが消えているのよ。……硝煙の匂いも。だから銃撃戦に巻き込まれても、記憶に齟齬が出ないというか」
「棗くん、AOPは匂いを嗅いだ後、どうやって記憶がなくなるのかわからないと言ってたよね」
「ええ。まだそのメカニズムは解明されていない。強制暗示が必要なのか、外部的ななにかが必要なのか」
「だけど今回は、医者も記憶はあったようよね。ただの消臭効果だけに使われたってこと?」
女帝が言う。
確かに、状況を思えばそうだ。
だけど、もし――。
「ねぇ、二度目に部屋に一緒に入ったあの医者以外は、どうなんだろう。あの医者が先に帰した……看護師入れて四名、皆無表情で不気味だったよね」
そう考えれば、異質なのは――、一度目に部屋から追い出し二度目の部屋に入れた、あのいけすかない医師だけなのだ。
「本当に医者?」
裕貴くんがぼやいた。
「ナースステーションのナースは、腕のいい医師とは言ってたけれど、もしも素性がよくわからないのなら……」
須王がハンドルを切った。
「もう一度、病院に行ってあの医者のことを訊いてみよう。本当に登録されている医者なのか、あの病院に勤めている医者なのか。今のままでは、あの医者の名前すらわからない。顔だけでは、調べようがねぇからな」
皆は頷いた。
もう車は大分裕貴くんの家から離れてしまったけれど、また病院に引き返すことになった。
思うのだ。
もし遥くんが健康になる時があるとして、隠し部屋から下に降りて外界に出たとして、どうして病院に戻ってくるのだろう。
仮に身体を切りつけられていたとしたら、普通逃げたいと思わないか。
あたしは、それがひっかかった。
もしかして、遥くんが戻るのにはなにか理由があるのではないだろうか。