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エリュシオンでささやいて
第12章 Blue moon Voice
その時、棗くんが下りてきた。
「お待たせ。長谷氏はどうだった?」
長谷耀を頼るという話をいつ須王としていたのよ、棗くん。それに棗くんは、こっちの業界詳しくないんだよね? 長谷耀事情をいつ知ったのよ。
――ああ、瀬田さんの力を借りたのさ。瀬田さんの力はシンフォニアの上層部も頭を下げるから。
ああ、瀬田さんは棗くんの養父だったっけ。
だったら棗くんには、長谷耀の移籍問題は筒抜けだったのか。
そうだとしても、やはり棗くんと須王がいつこの手の話をしたのか、気になるところ。
「今地方に出ているそうだ。あいつに頼るのは無理だな」
「ということは、父さんに連絡してみるわね」
「また瀬田さんの力を借りるのは、忍びないな」
「でも困った時に頼ると、喜んでくれるわ」
棗くんが今度は、瀬田さんに電話をかけた。
「ねぇ、瀬田さんって……横浜で会った?」
裕貴くんが須王に尋ねる。
「ああ。審査員をしてくれたひとだ」
「そっか。会えるのだったら、もう一度ちゃんとお礼を言いたいな。あの時は、須王さんと柚との出会いでもあった特別なコンテストだったし、即席とはいえ、俺達の音楽を認めてくれたんだから」
須王は笑って、裕貴くんの背中を叩いた。
棗くんの声がする。
「え? 今シンフォニアに向かっている? 長谷耀の件で? 今私達はシンフォニアのビルの前にいるんですが、え……はい。あ、見えました」
目の前に、ピカピカに磨かれた黒塗りのベンツが停車し、中からにこやかな笑みのシルバーグレイ――瀬田さんが下りてきた。
こうしてみると、かなり貫禄がある大御所だ。
このひとが、須王と棗くんの過去を知り、棗くんを人並みの幸せを与えてくれた男性なんだと思うと、以前とは違った感慨を覚える。
「瀬田さん、お久しぶりです」
須王は、前の時と同様に礼儀正しく頭を下げる。
「父さん、長谷耀の件でわざわざご足労ありがとうございます」
棗くんも優雅に頭を下げた。
「改まるな、棗。これくらいのことなんでもないから。それよりずっと顔を見ていなかったが……ああ、元気そうでよかった。早瀬くんも久しぶりだな。元気だったか?」
棗くんと須王が嬉しそうに瀬田さんを迎える様子は、大好きな父親に戯れる小さな子供のようで、見ていて微笑ましかった。