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エリュシオンでささやいて
第12章 Blue moon Voice
――まあ、自業自得だな、あの朝霞社長は。
その時のナダマンの目が怖かった。
勝手に須王の名前を広告塔として朝霞さんが使ったことに、同じ業界人として怒っているにしては、まるで朝霞社長をよく知る上での嘲りのように、冷たい侮蔑の眼差しだった。
――あの男は、調子に乗りすぎたんだ。……の分際で。
なんの分際か聞き取れなかったあたし達。
しかし瀬田さんが、そうしたナダマンの呟き自体を諫めてしまい、なにを言いたかったのか、あたしにはわからなかった。
朝霞さん、音楽業界のトップにいるようなひとの耳に届く評判も、唾棄されるほどに悪いものだったのだろうか。
……朝霞さんとあたしは、また会えるだろうか。
「柚、大丈夫?」
そんなことを思い出していると、女帝に顔を覗き込まれた。
ああ、そうか。
ナダマンのところから、車に戻ってきたんだっけ。
思い出すのは、別れ際の瀬田さんの耳打ち。
――ウサギさん。今度、『森の音楽家』達で遊びにおいで。今日は用事があるから帰るが。
被り物をしていたのに、なぜわかった!?
――ははは。早瀬くんの目だよ。ウサギさんに向けるのと同じだった。きみは恋人なんだろう、彼の。
瀬田さん、怖!!
――それに、私とお父さんのことは気にしないでくれ。きみにその件でどうこうはしないから。
しかも家族のこと、思いきりばれているという。
怖っ!!
それで半ば放心状態で車に乗り込み、今に至る。
窓の外はぽつぽつと雨が降ってきたようだ。
「あら、また雨ね。降ったりやんだり、今日は落ち着かない天気だこと」
棗くんが運転しながらそうぼやくと、
「雨か……」
残念そうな助手席の須王の声が聞こえる。
「見えねぇな、今日の月」
願い事を叶えてくれる(かもしれない)ブルームーン。
そうか、見えないのか。
残念……。
「なに、あんたそんな感傷的な男だった?」
「……今夜の月は特別なんだよ」
「ああ、ブルームーン? 願い事でもしようとしてたの? もう願いが叶っているくせに、贅沢者」
ふと思う。
棗くんは、なにを願うんだろう。
彼の願いもまとめて叶えられたらいいのに。