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エリュシオンでささやいて
第13章 Moving Voice
  
「棗姉さん。姉貴を疑う理由はなんだよ?」

 それは裕貴くんも思ったらしい。
 すると棗くんは、依然お姉さんに殺気を飛ばしながら、冷たい笑いを顔に浮かべて言う。
 
「あんな曲、あるわけないじゃない。須王の即興なのに」

「ああ。試させて貰った。そいつが本当に裕貴の姉貴かどうか」

 即興……。
 だからあたし、電話口の音楽と違うように感じたの?

「絶対音感の柚なら最初からわかっただろう。電話口から流れた音楽と俺が口ずさんだ曲は違うと。な?」

 ドヤ顔での絶大なる信頼に、そんな音楽だったんだと納得してしまったあたしは――。

「は? わかんなかったのか、お前!?」

 ……モグモグ、地面を深く掘って潜りたいです。

「わ、わかったわよ、うん」

 にっこりと笑って見せるが、舌打ちした須王にはばれているようだ。

 あたしが感じた些細な違和感を、偽者が指摘出来るはずがない。
 音楽のセンスにおいて、須王に勝る者はいないのだから。

 そしてきっと、本物の須王ならこう続ける。

「……お仕置き決定」

 ……ああ、間違いなく須王だ。
 
「あら、須王残念だったわね。愛しの上原サンと意思疎通できなくて」

「うるせぇよ。お前とは意思疎通出来ただろ?」

「光栄ですわ、我がハデス様」

 ……王様と女王様のお戯れに、笑えるような場面ではない。
 依然殺気と緊張感漂うこの場では、不気味でしかないのだ。

「さて」

 須王が威嚇めいた低い声を出す。

「仮にあの女がここに来たとして。この柘榴の香りがあの女の仕業だとして」

 あの女とは、さっちゃんのことだ。

「どうしてお前には、柘榴の香りが染みついていないんだろうな?」
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