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エリュシオンでささやいて
第13章 Moving Voice
ぐったりとした彼女の首を触っていた須王が、一瞬目を光らせてびりびりと音をたてて、裕貴くんのお姉さんだったものの顔を剥いだ。
「な、なななな!」
よく映画とかである特殊メーキャップだろう。
シリコン製に見えるのに、紙を破るような音にひっかかりを感じたあたしだったが、今は音よりも現われる顔の方が問題だ。
出て来たのは――。
「早苗ちゃん!?」
それは、遥くんの病院で、ナースステーションから遥くんの病室につれていった、裕貴くんに馴染みがある若い女性で。
それに瞠目していて、不穏な影が近づいていたことに気づくのが遅れた。
それでもまず先に反応したのが須王と棗くんで、あたしと裕貴くんは、窓硝子が割れる音で、初めてそちらを振り向いた。
硝子の破片を散らせて、中に飛び込んで来たのは――。
「ケルベロス!? どうしてここに!?」
そういえば、中に入る時、あんなに存在感あったはずのドーベルマンは檻の中に居なかった。
「ケルベロス、どうしたんだ。伏せっ!! ケルベロス!?」
裕貴くんに懐いていたはずのドーベルマンは、裕貴君の言葉に従わず、グルルルと唸りながら歯茎を剥いて牙のような歯を見せ、だらりと舌と涎を垂らし、唸りながらゆらりと距離を詰めてくる。
なによりその目が真っ赤になっており、これは興奮を超えた異常事態だと本能で感じて悪寒が背中に走った。
そして。
「柚、裕貴! ソファの影に走れ!」
ドーベルマンが須王に向かって飛び跳ねると同時に、須王が声を上げる。
「須王!!」
悲鳴を上げれば、ドーベルマンがあたしの方を向き、棗くんが間に割って視界を塞いでくれている間に、あたしは裕貴くんに引き摺られた。
立ち上がれば、大人の男以上もある大型犬。
その動きはとても速く獰猛で、須王の腕に噛みついた。
「須王!」
棗くんは銃を取り出し、ドーベルマンを狙うが、裕貴くんが声を上げた。
「棗姉さん、殺さないで!!」
舌打ちした棗くんが、硝煙を漂わせてドーベルマンの足を撃ったが、須王から離れない。
獣の狩猟本能の方が、痛みよりも強いようだ。
このままなら、須王がやられてしまう。