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エリュシオンでささやいて
第13章 Moving Voice
「須王、須王!!」
あたしは涙声を張り上げる。
ドーベルマンが、床に崩れた須王にそのまま覆い被さる。
棗くんの銃にびくともしない。
「やだ、やだ、須王!!」
その時、犬の体が浮き上がった。
「ああ、くそっ、重いっ!!」
須王がドーベルマンに噛みつかれる前に、横にしたナイフをドーベルマンの牙に押し当てて噛みつかれるのを回避していたらしく、そのまま力任せに起き上がる。
そして棗くんが、須王に憤るドーベルマンの腹を横から思いきり蹴り上げ、さらに須王までもが蹴りを追撃すれば、その体は上昇した。
空飛ぶドーベルマン。
須王はナイフを持った片手で、宙に銀と真紅の光を煌めかせるようにして、ドーベルマンに切りつけ、そしてどさりとケルベロスが床に落ちた。
随分と長い時間を要していたようだが、ケルベロスが落下するまでの間に成された早業だった。
「ケルベロス!?」
裕貴くんの震えた声に、棗くんがさらりと髪を掻き上げながら言う。
「大丈夫よ、死なせてはいない。足の腱を切っただけ。しばらく安静にしていれば治るでしょう」
ケルベロスは四肢をだらりと垂らしたまま、横になっているが、飼い主の裕貴くんが手を出そうとすると、唸って噛みつこうとした。
「裕貴、手を出すな」
「……っ」
犬を飼ったことがないあたしには、ゾンビゲームのゾンビ犬とか狂犬病とかがこういう感じなのかなと想像するしかない。
「看護師は!?」
棗くんの声で慌てて、今まで裕貴くんのお姉さんだった看護師さんを見たが、その姿が消えていた。
「ちくしょう、犬に薬飲ませた、もうひとりがいたのか!」
逃走は、窓のルートだ。
そう断定出来るのは、床に泥がついた大きな靴跡が点々としていたから。
それは、悪天候だったブルームーンが残した、明らかな証拠だった。