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エリュシオンでささやいて
第13章 Moving Voice
「棗くん、階段しかないけど!」
なにも言わずに直進する須王に代わり、思わず悲鳴混じりの声が出た。
「棗くん、Uターンが出来るスペースもないけど!」
しかし棗くんの返答はなく。
「須王、停まって! そこ階段だから、須王!?」
さらには無言のままの須王の動きも止まらない。
「須王、ブレーキ、ブレーキ!! このままだと階段から落ちる。須王!」
あたしの言うことなんか聞いていない須王の眼差しには迷いがなく、迫り来るリミットに、後ろに仰け反るあたしの目には恐怖の涙が滲む。
もう声すら出てこない。
そんなあたしの横で、須王はまるで死に誘うかのようなカウントダウンを始めた。
「5、4……」
「須王、須王……ひぇぇぇぇぇ!!」
パニックの最中、須王と一緒ならそれもいいか……などと考えてしまうあたしの耳に届いた、須王が口にする数字は――。
「0」
『Down!』
棗くんの声も同時に響く。
「柚、踏ん張れ!」
棗くんの合図と同時に、ヴォンと音をたてた車は、ハリウッド映画のアクションのように空を飛んだのだった。
「△○※〒×◇!?!?」
シートベルトをしていないままジェットコースターが下り始めた気分で、あたしの口から、わけのわからない言葉が迸った。
「あははははは」
隣の運転手は大笑い。
文句を言いたくても、その余裕がない。
車体は当然のように階段の上に落下する。
須王の片手がすっと伸びて、落下の衝撃からあたしの頭を守ってくれたけれど、すぐさまハンドルだのなんだので方向を固定させたまま、車は階段を跳ねるようにして降りていく。
そして――。
車は、何事もなかったかのように一般道を走ったのだった。