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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice
 
 ただ朝霞さんが、心配だ。

 かなり重度な火傷であることは、棗くんにへこへこしていた救急隊員(もしくは化けた棗くんのお仲間)から察していたが、この手術を待つ時間というのは、亜貴のことを思い出して、心臓が痛い。

「しかし、まったく私、記憶がないのよね。小林さんと外に出て車に乗った記憶はあるんだけれど、そこからすごくぼんやりしていてわからなくて」

 女帝は目を細め、不快そうに言う。

「ああ、俺もだな。公園のベンチに座っていたと言われて、俺の方がびっくりだ。こう、靄がかった記憶を抜けたら、裕貴の顔のドアップだったし」

 ……記憶がない?
 もしかして、これは……。

「……AOPよ」

 腕組みをして立っていた棗くんが言う。

「ああ。匂いがしていたな」

 須王も至って平然と言う。

「だったら朝霞さんが、っていうこと?」

 以前朝霞さんと会った、喫茶店での男の銃の乱射。
 後日残っていたという柘榴の匂いもまた、朝霞さんが?

「解けたの、須王。朝霞の宿題。わざわざエリュシオンを指定し、あの男が命を賭けて伝えたかったもの」

 そう声をかけたのは棗くんで。

「……解きたくない、というのが本音だ。だけど……」

 ダークブルーの瞳が、やるせなさそうに細められてあたしを見る。

「柚に狙われる明確な理由があり、柚を狙っている敵がわかるというのなら、それを解いて、敵を潰してやりてぇとは思う」

 朝霞さんは、あたし自身に問題があるような言い方で、しかもあたしを狙う敵が誰なのか明言していない。

 ただ、音楽関係者だと言った。

 確かに、牧田チーフにしても隆くんにしても、須王が属していた組織の音楽が流れている。

 朝霞さんは、須王がいた組織とは無関係ではないにしても、完全に同じではないと言いたかったのではないだろうか。

 つまり、須王の知らない新たな思惑があるのだと。
 それに気をつけろと。
 
 須王がいた組織エリュシオンを母体とした、新生エリュシオン。
 朝霞さんがいた旧エリュシオンとは違ってしまった、あたしと須王が勤める新エリュシオン。
 
 やたら新旧エリュシオンの名前が飛び交っているけれど、どれが本当の楽園なんだろうか。

 そしてその楽園は、現存しているのだろうか――。

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