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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 
「上原、ピアノの音、どれがいい? エクスパンション(拡張機能)にピアノが揃ってて」

 ピアノの音と言っても様々なものがあるようだ。

 硬い音、柔らかい音、透明な音……。

 あたしの気持ちなんて考えてないだろう早瀬の、なにか朗とした声に悔しさは募るけれど、集中した耳にしっくりきたのは二番目の音。

「……グランドピアノの音色だな」

 音楽室にあったのもグランドピアノ。
 初めてセックスした視界には、黒いグランドピアノが見えた――。

――柚、気持ち……いい?

 思い出すな、思い出すんじゃない!!

 あたしは頭を壁にがんがん叩きつけた。

「柚!?」

 いつの間にかあたしの名前が、裕貴くんに浸透していたことに気を向けることなく、あたしは堅い声で言った。

「さあ、どうぞ!!」

 目を瞑ったあたしの耳から、早瀬の弾く音色が入ってくる。

 即席でアレンジしたのだろうギターのパートを、あたしが早瀬の車で四苦八苦している間に、こうも大胆にアレンジしてピアノで弾けてしまうほど確固たるものにさせたのは、さすがだ。

 曲の全貌はわからないが、ドラムら打楽器系がないことから、ギターだけでも、メロディアスだけれど変拍子風…だけど四拍子のリズムをきっちりと刻んでいないと、曲が崩れる。

 ギターソロはマシンガンのように音が飛びだして。

 これ、裕貴くんに出来るの?
  

 ~♪

 早瀬の弾いている旋律が、あたしの記憶に刻まれる。
 あたしの身体が、早瀬の音に染まる――。

「大丈夫? すぐ聞いてはわからないよね? すげぇ格好いいけど、リズムも難しいし」

 一回目が終わった時、裕貴くんが心配そうに横に来た。

「大丈夫だと思う。メロディーが耳に残りやすいから。もう一回、今度は四小節ごとで区切りながらお願いします」


 ~♪

 記憶に残っていたのを耳で確認しながら、五線譜に書き込んでいく。

 早瀬の弾く速度が丁度いい。

 ~♪

 カキカキカキ。

 ~♬

 カキカキカキ。


「最後、いいか?」

「はい。あとは確認だけなので、全体を通して下さい」

「はは。もう出来たか。あの時から衰えない、脅威の絶対音感は健在だな」

 〝あの時〟

「戯言は無用! さあ弾く!」

 早瀬が笑う音が聞こえて、そしてまた、早瀬が紡ぐ繊細な音が流れた。
  
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