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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice

「一旦地上に出て、社員入り口の裏口から中に入る」
エレベーターに乗った時、須王はそう言った。
「社員のふりをして中に入って、大丈夫? ばれるんじゃ……」
「誰がふりをするかよ。ちゃんと支配人に話を通してあるから大丈夫」
須王から話を聞くと、彼はあたしが寝ている間に、昔恩を売ったという「Blue Moon」の支配人に電話をしたらしい。
当然、チケット分は売切れてしまっているが、後の方でいいのなら聞けるスペースがあるからとのことで、騒がれたくない須王にとっては願ったり叶ったりで、目立たない裏口から中に入らせて貰うことにしたようだ。
そうして今、コネがなければ入れない高級クラブが、目の前に拡がっている。
歴史を感じさせる、古ぼけた倉庫。
それは、裕貴くんと出会った横浜の赤レンガ倉庫なみに大きい。
裕貴くんに自慢してやろうと、写メを撮りながら裏口に歩いていく。
「お前、来たことねぇんだ?」
「来れるはずないでしょう? 音楽の大御所でも簡単には入れないと聞いているこのお店に、そば屋の出前のように電話一本で入れるコネなんかないし!」
改めて考えると、この王様は凄い男だ。
その才能もコネも、尋常ではない。
心の中で舌を巻いていると、体を屈めた須王に顔を覗き込まれた。
「惚れ直した?」
にやりと笑われて。
「あ、あたしは、そんな肩書きなんて……」
不意打ちの美しい笑みに、どっきんと心臓が跳ねてしまったことを隠そうと、そらした目を泳がせて答えるあたしに、須王は笑った。
「そうだよな、お前が惚れたのは俺自身だものな?」
否定出来ないのが、なにか……悔しい!
「ず、随分とおわかりのようで!」
「勿論。お前の気分が晴れない時の一番の療法は、音楽だろうことも」
「え?」
「色々考えたんだよ、どこに連れていこうかと。どう考えても、理不尽なことが続いた今は、音楽がお前にとっていいだろうなと思ってね」
須王は癖ある前髪を手で掻き上げる。
「だから別に、デートに手を抜いたわけじゃねぇから。音楽なら別にいらねぇコネをフル活用して、お前を楽しませてやるし、俺も勉強になるし。いいことづくめ」
「須王……」
「よかっただろう、俺が音楽してて。……運命的だと思わね?」

