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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice

「あなたがどうしても歌を歌いきらないといけないなら、歌うことだけに集中していればいい。ピアノは繊細な楽器だ。あなたの震えは音になって響く。それを聞き分けられない観衆だと?」

 彼女は押し黙る。

「それに、音楽を知る観衆であるのなら、俺の名前もわかっているはずだ。俺を友情出演的な扱いにして、特別なコラボとすればいい」

 ……須王は、なぜこんなことを引き受けようとしているの?
 裕貴くんの時のように、彼女に情けをかけた……と思うには、なにかしっくりとこない。

「あなたは私がなにを歌うか、わかっているの?」

「そこの、壁に貼られているポスターで、大体は」

 そこで初めてあたしは、壁に十曲のリストが貼られてあることに気づいた。

 それはジャズというよりは、あたしもよく知る、海外の歌手の有名曲の名前が並んでいるようだ。

「あれらがカバーであるのなら、俺もジャズバージョンで対応出来る。悪い話ではないと思うが。まあぶつけ本番で、あなたが歌えたら、ですが」

 世界を股に掛けるプロを相手に、挑発をする須王。

 しかし彼女は、プライドを傷つけられたから……というよりは、どこか縋るような眼差しをして、須王に問うた。

「条件は? ただの善意ではないんでしょう?」

「こちらからは2つ」

 須王は表情を変えないまま、言った。

「ポム……柘榴の匂いがする薬の正体について。そして背中のタトゥーの意味について」

 彼女の顔が引き攣る。

 あの赤い錠剤、柘榴の匂いがしたの?
 彼女が落ち着いたのは、AOPと同じ香りを持つあの薬のせいであるというのなら、確かにあの薬はなにか、彼女はなぜゾンビみたいになっていたのか、気になる。

 そしてタトゥー。
 あたしからは全体像は見えなかったけれど、須王が拘るというのなら、須王が知るなにかのマークだったのかもしれない。

「すべて演奏を終えたら教えて貰いたい。もしかして、あなたが怯えているのは、俺が敵対する相手かもしれない」

 須王は、恐らく……予想をつけている。

「これが俺の条件だ。さあ、どうします? 開演まで五分もないですが」

 カタカタと震え続ける彼女の手。
 それはピアニストとしては致命的なもののように思えた。

「……わかったわ。条件を飲む」

 背に腹は変えられないのか――彼女の答えに、にやりと須王は笑った。
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