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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice


 須王は笑いを消して、真摯な面持ちで言う。

「いいか柚。寸分たりとも、不安になるな。俺はお前が嫌がっても、お前から離れない」

「ん」

「お前も、あの調子で男を拒めよ?」

「はは、もういないって」

「お前が気づかないだけだ。お前は、ますます色気が出て、可愛くなっているし。ああくそっ、俺の柚なのに!」

 須王が顎で、あたしの頭上をぐりぐりとした時、手島さよりが出て来た。

「……はぁ、行くか。俺が言い出したことなんだし。柚、離れたくねぇんだけど、このまま、ピアノの椅子に座る俺の膝に乗ってねぇ?」

「却下です」

 須王は声をたてて笑った。

 そして。

「――俺のピアノ、お前に向けて弾いている。だから、ちゃんと受け取れよ? 俺の気持ち」

 須王はちゅっと唇を重ねるだけのキスをして、ステージに戻っていく。

 まるで戦地に赴く恋人を見送るような心地だ。


 しかし、須王がいなくなった後の視線が痛いこと、痛いこと。

 我に返れば――。

 ただここでいちゃついていただけだ。
 誰がなにを言おうと、ただの惚気だ。

 あたしはなにをして、なにを言った?
 須王はあたしになにをして、なにを言った?

「ぐぉぉぉぉぉぉ……」

 羞恥に悶えるあたしから、乙女には似つかわしくない奇声が漏れる。
 
 暗くてまだよかった。
 明るかったら、ぜったいもぐら生活に逃げ込んだだろう。



 ……だからあたしはわからない。

 ベネチアンマスクをかけたある聴衆が、あたしをじっと見ていることにも。
 その目がどこか懐かしく、そして、どこまでも冷ややかであったことに。
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