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エリュシオンでささやいて
第3章 Dear Voice
 


 意味がわからない。
 まるであたしのせいとでも言いたげだけれど、あたし早瀬にフラれてからなにひとつ喋ってなかったじゃない。大学だって違ったじゃない。

 早瀬が音楽やっている理由なんて――。
 
「知らないです、あなたが音楽やっている理由。知りたくもないし」

「………」

 苛つく。

「あたしに鍵盤を弾かせようというのは、余計なお世話です。あたしだってプライドがあります」

 凄く苛つく。

 早瀬がいれば、あたしはピアノが弾けるって?
 動かない指をどうやって?

 なに、早瀬は神様だから、あたしの指を治してくれるとでも言うの?
 あたしの人生、あの時から変えてくれるというの?

 出来もしないことを、言わないでよ。

「お面、探してきます」

 あたしの目に溜まった涙を、早瀬がじっと見ていたから、慌てて拭う。
 裕貴くんもいる前で、泣きたくなんてないのに。

 出て行こうと早瀬の横を擦り抜けようとした時、あたしの腕を早瀬は引いた。
 そのままよろけたあたしの身体は、早瀬の腕の中に引き寄せられ、その逞しい胸に顔を押しつけられた。

 鼻にふわりと、ベリームスクの香り。

「殻から出てこい。……俺が、そこから助けてやるから」

 怒りが込み上げた。

「……なにを勘違いして、動かない指にあなたが責任感じているのか、無責任なのかまったくわかりませんが、大きなお世話です。あたしが自ら選んだ人生、あなたに指図されたくない!」

 激しく睨み付けて、早瀬の手を払って部屋の外に出た。

 悔しい、悔しい。

 早瀬に他人顔で哀れみを受けたことに。
 ……早瀬が、あたしを下に見ていたことに。

 どうやっても、あたしは早瀬とは肩を並べられない。
 昔のようには――。

 そう思ってさらに惨めになる。

 あたしはまだ、昔を捨てられないのかと。
 ひとを介さず直接早瀬と音楽を作りたいなんて、なに馬鹿なことを。

 過去に囚われては前を向けない。
 そう思ってあたしは、立ち直ってきたはずなのに。
 
 どうしても、忘れられない過去がある場合はどうすればいい?

 どんなに嫌悪して忌み嫌って拒んでも、それでも切り捨てられないものがある場合は。

 ねぇ、誰か。
 あたしを助けて――。
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