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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice
 
「その時点で引退をすればよかったのに、私に期待する声と、私自身が歌手としての地位や名声を捨てきれずに、悪魔の誘惑に乗ってしまったのよ」

 手島さよりは両手で顔を覆った。

「ポムが体に効いている間、私は無敵になった気分で、昔のような声を出すことが出来た。だからコンサートなどの時は必ず飲んでいたの。気持ちも落ち着いたし、自分はどこまでも歌えるという自信にも溢れた。だけど……」

「常習化することによって、体に変調をきたしたと?」

 須王の問いに彼女は頷いた。

「最初は1錠で数日の効果があったものが、段々と効いている時間が短くなった。そして多量に飲む副作用で体が動かなくなり、発狂寸前までに追い詰められて。しばらく苦しんでいれば元に戻るけれど、今回は歌を歌わないといけなかったから……」

 つまり、ゾンビになった合間にポムを飲んで人間に戻しているのではなく、元々は人間の状態で、歌声を求めるがゆえにポムを飲み、効いている間に歌い、その弊害として飲んだ後はゾンビのようになる副作用に襲われる、と。

 しかもポムの多用で、副作用は早く強くなって彼女に返っているようだ。
 ゾンビ化が中枢神経の過剰な刺激を起因とするものだとして、ポムを飲むことでその症状が緩和するのなら、極度の興奮状態にある肉体を、中枢神経諸共にを一時的に麻痺させるような効果もあるのかもしれない。

「ポムをやめればいいということはわかっている。だけどあれがなければ、私は歌えない。まだまだ歌いたいの、私は……っ」

 手島さよりは頭を抱えて、嗚咽を漏らした。

 才能あるクリエイターでも、作り出せるものは有限だ。
 それは天才と名高い須王ですら。

 皆から称賛されていることで、自分は特別な存在だと錯覚してしまう時、ある種ドラッグのような恍惚感が生じるのだろう。

 音楽よりも、承認欲求を求めすぎることによって、老いやその他の原因で、特技である音楽が出来なくなった時、アイデンティティーが失われる。

 自分の存在意義の喪失にまで追い詰められてしまう。

 ……それは、音楽の才能がないあたしですら、味わった。

 家族から認めて貰うための唯一の拠り所を失ったら、自分にはなにもない……そんな絶望感を。
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