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エリュシオンでささやいて
第14章 brighting Voice
 
 ましてや手島さよりは、世界的に有名な歌手なのだ。
 あたしとは違う音楽の才能に溢れた女性が、突然歌えなくなるという事態は、この上ない嘆きであり、苦痛であり。そして屈辱の事態だろう。

 絶望の中、魔法のように歌声を戻してくれる存在があるのなら、自分のすべてを投げ打ってでも、それに縋りたい気持ちはわかる。

 ……あたしだって、治らない指を元の状態に戻してくれる方法があると言われたら、どんな胡散臭いものでも耳を傾けただろうと思うから。

 だけど実際に、いけないとされているものに手を出して、音楽のために人間を捨てるかどうかは、本人の気持ち次第だとあたしは思うんだ。

「私の心の弱さが原因なの。だから私は薬を手放せなくなって……」

「それで、ポムを持つあの審査員達の鳥籠に入り、歌っていると?」

 須王の言葉に、彼女は頷いた。

「ふたつめの質問だ。あの審査員達は誰だ?」

「彼らがどこの誰だかわからない。いつも仮面をつけて、クラシックの音楽家の名前を名乗っているから」

 いやいやいや。
 著名な音楽関係者なんでしょう……と思っていても、彼女がいつも控え室にいて、舞台に立つと皆さんが仮面をしていればよくわからないかもしれない。

「彼らの望む通りに歌を歌えれば、私はポムで歌を歌えるの。だから……」

 嗚咽混じりの言葉に、須王は……笑った。

 なぜ笑うの?

 そして須王は言ったのだ。

「あんたは、嘘をつく時は斜め下を見るんだな。それ以外は、俺の目を見ているのに」

「え?」

「ポムを飲むに至った動機と、審査員を知っているかという問いに関して、あんたの目は俺を見ていなかった」

 手島さよりは、びくりと肩を震わせた。

「それでいいのか、あんたは」

 須王は、ナイフより切れそうな鋭利な眼差しで彼女に言う。

「あいつらにポムを必要とする体にされただけではなく、薬漬けで歌わせられ続けて、それで本当にいいのか」

 〝あいつら〟
 〝された〟

「須王……?」

 須王の顔には表情が失われていた。
 
 あたしの肌がざわつく。

 こういう表情をする須王は――。
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